今でこそ日本のバッハ演奏は充実していて、バッハ・コレギウム・ジャパンを筆頭として日常的に優れた演奏に接することができますが、私が大学生の頃はそんな訳にはいきませんでした。バッハの演奏といえばオルガンだとヘルムート・ヴァルヒャ、鍵盤楽器だとタチアナ・ニコライエワ、マタイやヨハネ受難曲だとカール・リヒター。どれも外来の演奏家でしたけれど、その中で日本人として例外的に存在感を示しておられたのが小林道夫先生でした。ちなみに、バッハ・コレギウム・ジャパンが活動を開始したのは1990年のことです。
覚えておられる方はどれくらいいらっしゃるか… NHK・FMが生で「フーガの技法」を放送したことがありました。中核となって楽器編成とチェンバロを担当されたのが小林先生。木管合奏だけの曲もあって、小島葉子先生がオーボエを吹いておられました。後年、コンサート後に小林先生とお話しする機会があり、このときのことを話題に出したところ、先生が「ああ、やりましたよね。あれは楽しかった!」と温顔で語って下さって嬉しかったです。もう15年くらい前かな。
さて、このゴルトベルク変奏曲のコンサートは、毎年、クリスマスあたりにひらかれるのですが、昨年は小林先生が腕を故障されたとのことで延期となり、今日が第50回記念演奏会となりました。
私が最初に聴いたのは1980年。これが第10回。以来、日本に居なかったり、死ぬほど忙しかったりした年を除いて、折にふれて通ってきました。50年のうち、40年にわたって細々とではありますが、かかわってきたことになります。
さて、今日の演奏。さすがにテンポはゆっくり。最初の数曲ではちょっと指がもつれるようなところがあったように聴こえました。なにせ89歳でいらっしゃいますからね。でもだんだん調子が出てきて、穏やかな冬の陽光のような演奏になりました。 まさに、滋味、掬すべし。
第30変奏が終わって、最終の第32曲で穏やかに冒頭のアリアに回帰したとき、なんともいえない満ち足りた空気がホールに満ちました。私はキリスト者ですので、こういった時には、まさに神の臨在を感じます。
小林先生はお元気で、アンコールは2曲。フランス組曲からアルマンドと、アンナ・マグダレーナ・バッハによるコラールをひとつ。
素晴らしい演奏会でした。小林先生、ありがとうございました。