コロナ禍以降、最初の外国人指揮者として日フィルが迎えたのは、ダレル・アン。シンガポール生まれの41歳。サンクト・ペテルブルグ音楽院で指揮を学んだあと、イェール大学でも学び、イタリアでも研鑽を積み、フィンランドのヨルマ・パヌラからも教えを受けたというコスモポリタン的なキャリアの持ち主。金城武似の長身イケメンでもあります。以前にもN響の地方公演を振ったのをはじめとして数回来日しているとのことですが、私は今回初めて聴きました。
プログラムは最初がイベールのディヴェルティメント、そしてモーツアルトのピアノ協奏曲第17番。後半にブラームスの交響曲第2番。モーツアルトでのピアノ独奏は吉見友貴さん。弱冠20歳。
イベール:ディヴェルティメント
イベールはパリ音楽院を卒業後、なぜか海軍に志願し、第一次世界大戦に海軍士官として従軍したという変わったキャリアの持ち主。まあ、このあいだまでパリ管弦楽団の常任指揮者であったダニエル・ハーディングがエール・フランスのパイロットになってしまったことを思うと、そういう選択肢も「あり」なのかもしれませんが。
「軽妙洒脱」を絵に描いたような曲。弦に加え、フルート、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット、トロンボーンが各1本ずつ。それぞれのソロには技巧が要求されます。
ダレル・アンの指揮は明晰。この曲、得意なんでしょうね。各首席奏者の妙技も光り、よい演奏であったと思います。
曲の途中で、キーの具合がおかしくなったのか、ファゴットの鈴木さんが楽器を一旦分解して再び組み上げる早業を披露。心配したダレル・アンは楽器の交換を要求。鈴木さんが袖に戻り、2番奏者の木村さんの楽器を借りてきて演奏が続行させるというハプニングがありました。このすぐ後のモーツアルトでは鈴木さんは自分の楽器を吹いていたので、問題なかったのでしょうけど。
モーツアルト:ピアノ協奏曲第17番
ソリストが凄かった。20歳とはいえ、全く幼さのようなものはなく、超絶的な技巧の持ち主であることが判明しました。このあいだ登場した福間洸太郎さん的な感じですかね。音符がたくさんあればあるほど、嬉しく弾くというタイプかと。
立派なモーツアルトでした。このひとはこれから楽しみですね。
ブラームス:交響曲第2番
この演奏に関しては、意見が分かれるかもしれません。ホルンの強調が少々目立つところがありましたが、あざとい感じはしませんでした。シンガポールの指揮者が日本のオケを振っているのですから当然かもしれませんが、ドイツ的な要素は希薄。敢えていえば中性的な、すっきりした演奏。もしかするとN響か読響だと、ちょっと違う音になったかもしれません。
私はこういう演奏も良いのではと思いますし、むしろインキネン が振ったときよりも響きが整理されていたように感じましたが、重厚な響きを求める方々にとっては肩透かしかと。そういう意味で、「これぞ」ではなく、「これも」ブラームス、という印象でした。
アジア系の指揮者にとって、ベートーヴェンよりもブラームスの壁の方が高いのかもしれませんね。あの小澤さん、そしてメータでさえも、ベルリン、ウィーン、アムステルダムあたりを振ってのブラームスの全集は無いのですから。換言すると、ベートーヴェンの高度な普遍性に比べて、ブラームスは依然としてローカルなのかもしれません。少なくともヨーロッパの聴衆にとっては。
オケについて
木管は敬称略で、フルート真鍋、オーボエ杉原、クラリネット平塚(元副首席)、ファゴット鈴木。よかったです。ペットのクリストフォーリさんも見事。今年入団のホルンの信末さんは今日もトップに抜擢されていましたが、期待に応えて Bravo でした。コンミスは千葉さん。相変わらずクール・ビューティでした。