秘曲を聴きに広島へ:広島交響楽団第417回定期演奏会

下野さんが音楽監督に就任してから、攻めるプログラムを世に問うている広島交響楽団。ゴールデンウィークの谷間に行われたこの演奏会も、実に挑戦的な選曲でした。

曲目はというと、前半にショスタコーヴィッチの曲を2つ。まず、バレエ組曲「黄金時代」、そしてヴァイオリン協奏曲第一番。独奏は辻彩奈さん。 後半にトゥビンの交響曲第2番「伝説的」。これは、かなり尖ったプログラムですよね。指揮は巨匠、秋山和慶マエストロ。御年80歳。

ショスタコーヴィッチ:バレエ組曲「黄金時代」

いかにもショスタコーヴィッチらしさ全開の作品で、管楽器は大変です。Esクラにかなり難しいソロがあるのですけれど、三界さん、お見事でした。都響の首席を長く務められた三界さんのご子息です。まるでオッテンザマー親子のようですね。

派手に鳴らそうと思えばガンガン行ける曲ですが、秋山さんはバランスを保ちつつ、いかにもバレエ音楽という風情でまとめられました。さすがです。

ショスタコーヴィッチ:ヴァイオリン協奏曲第一番

なんといっても、ソロの辻彩奈さんが凄かった。技巧が冴えているのはもちろんなのですが、光と陰をくっきり描き分けて、圧倒的に説得力のある演奏でした。彼女の演奏を聴いたのは、これで2度目。最初のシベリウスの協奏曲も素晴らしかった(その時の感想文はこちら)のですが、今回はさらに上回る出来栄え。いわゆる「憑依系」ではなく、理知的なんだけど、熱い音楽。このひとには注目しないといけませんね。

こういう曲だと伴奏指揮者の腕が問われるわけですが、そこは秋山さん、盤石の指揮でした。辻さんも安心して弾くことができたかと思います。かなりオケが鳴っている場面でも、独奏ヴァイオリンはちゃんと聴こえます。明晰な指揮。いいですねぇ、ほんとうに。

この日の演奏会のメインは後半のトゥビンの曲であったはずですが、実質的にはこの曲がメインになりましたね。辻さん、Brava !!

アンコールは現代作品。「権代敦彦:ヴァイオリンのための「ポスト・フェストゥム」より Ⅲ」だそうです。面白く聴きました。

トゥビン: 交響曲第2番「伝説的」

トゥビンは1982年に亡くなったエストニアの作曲家で、10曲の交響曲を遺しています。同じエストニア出身のネーメ・ヤルヴィ(パーヴォのお父さん)が頑張って、BISレーベルで交響曲全集が完成しています。 プログラムにはトゥビンの息子さんからのメッセージが掲載されておりました。

私が初めて聴いたのは第4番。世界初(?)録音が発売されてすぐに購入しました。もう30年以上前のことです。この作曲家を実演で聴ける機会は滅多にありません。まして2番ともなれば。これが今回私が広島へ飛んだ理由です。ネーメ・ヤルヴィの録音で予習していったのですが、やはり実演の魅力に勝るものはありませんね。素晴らしい演奏でした。

ヤルヴィはどちらかというと旋律線を重視する指揮者であるというのが私の見立てで、この曲の第一楽章のはじめのあたりではその美点が生きる感があります。ただ、この人は音響の構造性を等閑視するきらいがあり、例えば彼のブラームスの全集を聴くと、けっこう違和感があります。

何を言いたいかというと、たいへん美しい旋律を有するこの曲を、秋山マエストロがきっちりと振るとどうなるか、というのが私の関心事であったわけです。結果は、さすがでしたね。そうか、こう鳴るのか、と感心する場面がいくつもありました。

本来、この曲は3楽章続けて演奏される指定であるはずですが、秋山さんは第一楽章の終わりで休みをとり、第二、第三楽章はアタッカでした。この方が曲の構造がはっきりしますよね。

私の今後の人生で、もう一度聴けるかどうか、かなり疑問な曲ですが、素晴らしい実演に接することができて大満足でありました。

アンコール ゲーゼ:タンゴ・ジェラシー

辻彩奈さんが譜面台を持って再登場。私は初めて聴く曲。トゥビンの清冽で、時として暗い世界から、天然色の明るいタンゴへ。ここでも辻さん、素晴らしかった。

オーケストラについて

この日のコンマスは新日フィルの西江さん。第二Vnのトップは神奈フィルの名手、直江さん。ヴィオラは安保さん、チェロはスタンツェライトさん。トゥビンでの西江さん、安保さんのソロはお見事でした。安保さんのソロの時は秋山さんは安保さんに任せきり。その信頼に応えてのシャープなソロでした。Brava !

管楽器群も大健闘。一つだけ、トゥビンの第二楽章でファゴットが遅れ気味になったような気がしましたが、後で伺ったところではコロナ禍により、当日ゲネプロからの代演であったそうです。それは、大変ですよね。

広響の実力を再確認することができた、素晴らしい演奏会でした。音響に問題のあるホールなのですが、2階の前方だと大丈夫であることがわかったのも収穫でありました。ありがとうございました。

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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