ハインツ・ホリガーを連想させる凄味:ソフィー・デルヴォー ファゴット・リサイタル

どの楽器についても、「ある時期を代表する奏者」というものが存在します。ヴァイオリンだと競技人口が多すぎて一人に絞ることは不可能ですが、管楽器だと好楽家の間で議論が盛り上がることがあります。例えば、70年代のフルートであれば、ジェームス・ゴールウェイ。オーボエだと、未だにハインツ・ホリガー? といったように。

ソフィー・デルヴォーの演奏を生で聴いたのは今回が初めてですが、彼女は2020年代のファゴットを代表する奏者になるのではないかと思います。いや、もうなっているのかもしれません。

1991年生まれですから、ようやく31歳になったところ。ミュンヘン・コンクールで1位なしの2位を獲得したのち、ベルリン・フィルの首席コントラファゴット奏者に就任。そのあと、2018年にヴィーン・フィルの首席ファゴット奏者に。ヴィーン・フィルの長い歴史の中で、初めての女性の管楽器首席奏者です。ベルリンで首席ファゴット奏者になれなかったのは、師匠にあたるダニアレ・ダミアーノが健在だからでしょう。ちなみにダミアーノの先生は80年代を代表する名手、ミラン・トゥルコヴィッチ。トゥルコヴィッチの師匠はながらくヴィーン・フィルの首席をつとめたカール・エールベルガーです。伝統の系譜を感じますね。

本来であれば昨年に来日してオッテンザマーとともにR.シュトラウスのドッペルコンチェルトを聴かせてくれる筈でしたが、コロナ禍で流れてしまい… 今回は所属オケとは関係なく、単独での(伴奏者は同行していますが)来日となりました。

日本での初日、神奈川県立音楽堂へ。ここは登り坂がキツいのが難点ですよね。

曲目は次のようなものでした。

モーツァルト:ファゴット・ソナタ ロ長調 K.292(原曲:ファゴットとチェロのためのソナタ)

テレマン:ファゴット・ソナタヘ短調 TWV41

シューマン:「ウィーンの謝肉祭の道化」作品26より”間奏曲”、”フィナーレ”

シュレック:ファゴット・ソナタ 作品9

ドビュッシー:「ベルガマスク組曲」より第3曲 月の光

ビッチュ:ファゴット・コンチェルティーノ

プーランク:3つのノヴェレッテ

サン=サーンス:ファゴット・ソナタ イ長調 作品168

シューマンとプーランクはピアノだけの演奏です。ピアノ伴奏は、セリム・マザリ。

モーツァルト:ファゴット・ソナタ ロ長調 K.292

もちろん素晴らしい演奏でしたが、私はチェロとの演奏の方を好みます。フタを目一杯下げ、細心の注意を払って弾いてくれていたことはわかるのですが、やはりコンサート・グランドでの伴奏は強すぎます。

テレマン:ファゴット・ソナタヘ短調 TWV41

この曲あたりから彼女の調子が上がってきて、もう縦横無尽。すごい技術なんだけど、全くそれを感じさせず、自由自在に吹いていて、もう聴いている方としては嘆息するばかり。でも、ちゃんとテレマンなんですよね。それもすごいこと。

シュレック:ファゴット・ソナタ 作品9

はじめて聴く曲でした。面白く聴きました。圧倒的な音楽性。

ドビュッシー:「ベルガマスク組曲」より第3曲 月の光

この曲をファゴットで吹くなんて、誰が想像したでしょう。しかし、彼女の演奏だと、最初からファゴットのために書かれた曲であるかのように聴こえます。すごい。すごすぎる。

ビッチュ:ファゴット・コンチェルティーノ

この曲も初めて聴きました。ストラヴィンスキーが自作を指揮した録音に参加しているギュスターヴ・デランに捧げられているので、バッソンを前提に作曲されたものであると思われます。コンクール用の小品として作曲されたとのことで、技巧的には難曲。単純に吹けばあまり面白くないのかもしれませんが、それを表情豊かに仕上げてしまうのはさすがでした。

サン=サーンス:ファゴット・ソナタ イ長調 作品168

会場に訪れたファゴット関係者の多くにとってのメインディッシュに相当するのはこの曲。ファゴットという楽器にとって、とても重要なレパートリー。この曲もバッソンのために書かれているわけですが、私はファゴットの方がこの曲を活かせるように思います。

まあ、「満を持した」という感じで、素晴らしいの一言。この曲の可能性を拡張した感がありました。こんな風にも演奏できるのね、と。

アーン:「クロリスに」

これはアンコール。 私は全く知りませんでしたが、本来は歌曲。「歌う」ってこういうことなのねと。

ソフィー・デルヴォーについて

冒頭にも書きましたが、彼女は2020年年台を代表するファゴット奏者になるでしょう。いや、もうなっていますね。プログラムの写真だとデニムを着ていることもあって逞しい印象ですけれど、9頭身くらいの細身の美女です。ステージ上では、むしろ華奢な印象があります。でも、あの音。すごく体幹が強いのではないでしょうかね。

テクニックが超絶的であるのはもちろんですが、何よりも「音楽的」であることが凄い。難しさを全く感じさせません。超絶技巧とは、あくまでも表現の手段であることを思わされます。

これからも彼女の活動から目を離すことはできませんね。楽しみです。

セリム・マザリについて

この人もすごく良いピアニスト。音を聴いて私はミシェル・ダルベルトを思い出したのですが、プロフィールを読むと、やはり師事していたのですね。プーランクはとりわけ素晴らしいものでした。

この写真は二人が楽器を入れ替えて遊んでいるところ。ソフィーさんのインスタグラムから。

とにかく素晴らしい演奏会でした。ありがとうございます。

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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