第四章第四節~並走期間の終わりに

すべてのことに終わりがあるように、「譲る人」と「継ぐ人」の並走期間にも終わりが訪れます。並走期間が無事に終われば、「継ぐ人」は経営者として晴れて単独飛行することになります。

この終わりの時に何をしなければならないのか。「譲る人」と「継ぐ人」のそれぞれについて、ご説明しましょう。

「譲る人」のなすべきこと

三つあります。重要な順番で並べると

1) 本当に譲ってよいのか、最終判断する

2) 抱いて辞めるべき人々を決める

3) 「負の遺産」の芽を摘む

1) 本当に譲ってよいのか、最終判断する

ずっと「継ぐ人」を育ててきて、締めくくりとなるべき並走期間の終わりに「譲る人」がなすべきことは、本当に譲ってよいのか、最終判断することです。

この期に及んで譲らないとすることは、ちゃぶ台返しの最たるもので、社員を始めとする周囲に甚大な影響を及ぼします。本来あってはならないことですが、それでも本当によいのかを判断する必要があります。これは「譲る人」が経営に未練を残さないために必要なことでもあるのです。

譲らないと決めた場合には、「譲る人」が経営に復帰しなければなりません。

私はかねてより事業継承にあたっては、3年間の並走期間を経て、「継ぐ人」が任に耐えないと判断する場合には「譲る人」が復帰すべきであると申し上げてきました。これに対しては「老害」を助長するおそれがあるという批判がありますが、それは百も承知の上のことです。それでもこのように申し上げるのは、ひとつには事業承継のタイミングを早める効果があるからです。会長として3年をすごした後に社長として厳しい経営の現場に戻るとなれば、かなりな体力がなければなりません。あらためて「継ぐ人」を選び、鍛える必要もあります。経営に戻るという最悪の場合をも想定すれば、早めに並走期間をスタートしなければなりません。

その一方で、「継ぐ人」に緊張感を与えると言う効果も期待しています。

並走期間が始まる時点で「継ぐ人」は社長になります。ここで一息ついてもらっては困ります。「譲る人」の後ろ盾を活かしつつ、3年後の最終試験で太鼓判を押してもらうことを目指して気を抜かずに頑張ってもらいたいのです。

2) 抱いて辞めるべき人々を決める

対象となる人々は3グループに分かれます。経営幹部、社外役員、自分と同世代の親族。

経営幹部

「譲る人」と「継ぐ人」との年齢差は30歳弱になるのが普通です。したがって、「譲る人」が経営を離れる際に何も手を打たなければ、「継ぐ人」は自分よりも20歳くらい年上の経営幹部たちを引き継ぐことになってしまいます。「継ぐ人」にとって、さすがにこれは重荷でしょう。ともに退く経営幹部を選び、説得するのは「譲る人」の仕事です。

心情的に辛いのはわかりますが、ここで「譲る人」が逃げると、「継ぐ人」の最初の仕事が、自分よりも年長で功労者でもある経営幹部への退職勧告ということになってしまいます。場合によっては恨まれる仕事から社長としての単独飛行をスタートするのは気の毒すぎます。

具体的には、まず「譲る人」が、辞めてもらうべき幹部を選びます。言うまでもありませんが、これは誰を残すか決めるというのと同じことです。

つぎに、「継ぐ人」の意見を聞きます。選別の対象となっている経営幹部たちと接した時間は「譲る人」の方が圧倒的に多いわけですが、「譲る人」の独断で進めるべきではありません。「譲る人」へ向けている顔と「継ぐ人」に向ける顔に大きな差がある場合もあるからです。「譲る人」は、ここで残したい経営幹部のひとりひとりについて、どのような役割を期待しているかについても「継ぐ人」に語るべきです。この点についても、擦り合わせが必要です。

誰を残し、誰に辞めてもらうかを決めたのち、辞めてもらう人に対して説明し、納得させるのは「譲る人」にしかできない仕事です。辞めたがらない人を説得する切り札は、「俺も辞めるのだから君も」以外にありません。

残ってもらう人に期待を伝える際には、「譲る人」が説明し、「継ぐ人」は同席すべきです。「譲る人」から説明されるだけでは、経営幹部は不安です。「譲る人」は去って行くわけですから。「継ぐ人」が同席し、「継ぐ人」としての立場からも期待を伝えることができれば、残る経営幹部は安心しますし、またモチベーションも高まることでしょう。

事業承継にともなう幹部の引き継ぎは、昔も課題でした。ちょっとわき道に逸れますが、戦国時代末期の黒田官兵衛の事例を「名将言行録」からご紹介しましょう。文中の孝高とは官兵衛のことです。

孝高は、病に臥して死を目前にした三十日ほどの間、諸臣をひどくあしざまに罵った。諸臣は病気が重く、特に乱心のようすだが、こうなっては別に諫める人もないということで、長政にその旨を告げた。長政ももっともなことだと思って、孝高に「諸臣が震えあがっております。もう少し寛容にお願いします」というと、孝高は「耳を寄せろ」といい、寄せると、「これはそちのためにしているのだ。乱心ではない」と小声でいった。「これはわしが諸臣にいやがられて、一日も早く長政の代になるとよいと思わせるためだ」といわれたという。(「現代語訳 名将言行録」講談社文庫 p519)

官兵衛への恐怖心や嫌悪感を梃子にして、老臣たちを息子の下で団結させようというあたりは、さすがは黒田官兵衛と思わされる逸話です。ただし、真偽の程は定かではないとのことですが。

社外役員

社外役員(社外取締役・社外監査役)についても、抱いて辞めるべきかどうかを決めなければなりません。続投して「継ぐ人」を支えてほしい方を選び、残っていただくようにお願いするわけですが、その際には「継ぐ人」の意見を十分聞いた上で判断する必要があります。そして、ここが大事なのですが、残っていただく年数を決めて、「継ぐ人」も同席の上でお伝えすること。年数を定めておかないと、のちに事情が変わった際に辞めていただくのが難しくなります。続投していただきたい方には、更新すればよいのです。

辞めていただきたい方には、「譲る人」がひとりで伝えます。ここで「継ぐ人」を巻き添えにしてはいけません。そもそも、当該の社外役員を招聘したのは「譲る人」なのですから。

社外役員に辞めていただくようお願いするのは、実は心理的負担の大きな仕事です。これは「譲る人」が背負わなければなりません。辞めてもらうべき社外役員の残したままで自分が退任するなどは論外です。

自分と同世代の親族

ここでの親族には、「譲る人」の兄弟姉妹も含みます。私は原則として「譲る人」の同世代の親族には、「譲る人」が辞める際に一緒に退いてもらうべきであると考えています。「継ぐ人」の経営の自由度を高めるためです。

ただ、ここにも例外はあります。それは「継ぐ人」がこの人には残って欲しいと望む場合です。理由はいろいろあるでしょう。ファミリービジネスの規模が小さくて、抜けられると困るとか、あるいは父よりもうるさくない叔父には自分を支えてもらいたいとか。

残ってもらう場合には、社外役員の場合と同様に、期間を定めておくべきです。将来的に状況が変化し、辞めてもらいたいと「継ぐ人」が思うようになっても、上の世代の親族に話を切り出すのは気が引けるものです。最初から期間(2年くらいが適切であると私は考えていますが)を定めておけば、ことは楽です。もし続投してもらいたければ、新たに期間を設定すればよいでしょう。

3) 「負の遺産」の芽を摘む

やることなすことの全てがうまくいく人など世の中には存在しません。とすれば、「譲る人」が手がけた不採算事業をどうするか、これが事業承継に際して問題となります。

もちろん、「健全な不採算事業」というものは存在しますので、すべてを手仕舞いすべきと言うわけではありません。始めてはみたものの、冷静に考えてみると今となっては成功の見込みが低く、しかし止めることができずにズルズル続けている事業が問題なのです。もしそのような事業があるとすれば、それは次代に後始末をさせず、「譲る人」の責任に於いて終止符を打つべきです。

「継ぐ人」にとって、「譲る人」が始めた事業を止めるというのは気が重い決断です。忙しさにかまけて決断を先送りにすると、不採算事業は「負の遺産」と呼ばれるまでに至ってしまい、「譲る人」にとって不名誉な結果を招きます。

自分が蒔いた種を刈り取るのも、並走期間の最後に「譲る人」がすべき仕事です。

 

「継ぐ人」のなすべきこと

「継ぐ人」にとって並走期間の終わりは、経営者としての単独飛行の始まりです。単独飛行の離陸にあたって、安心させなければならないステークホルダーは社員と「譲る人」です。このことを踏まえて、「継ぐ人」が並走期間の終わりになすべきことは二つあります。

1)経営の方向性を明示する

2)「譲った人」へのコミュニケーションを仕組み化する

1)経営の方向性を明示する

以前にも申し上げたように、平均的なファミリービジネス企業にとって、経営者の交代は30年に1度の「大事(おおごと)です。新社長がこれから何をしようとしているのか、社員は固唾を飲んで見守っているはずです。「継ぐ人」に求められるのは、「自分はこうする」という経営の方向性を、社員にわかりやすい形で明確に示すことです。

経営の方向性を打ち出す方法はいろいろあります。工数をかけるのであれば中期経営計画がありますし、少ない工数で済ませたければ「継ぐ人」が宣言文を公表するという方法もあります。その会社の置かれた状況や、今までどのような方法で経営方針を伝えてきたかをも考慮する必要があるでしょう。

私がおすすめするのは、経営ビジョンを社内に向けて公表することです。「経営ビジョン」とは多義的な言葉ですが、その骨子は次の二つです。

・ この会社の使命をどう考えているか

・ そのために何をしなければならないのか

教科書的には「いつまでに」を含めるべきとなりますが、「継ぐ人」に確固たる決意があればともかく、そうでないならば、私は入れない方がよいと思います。このビジョンを打ち出す時点では不確定要素が多いからです。

経営ビジョンは並走期間の間に練り上げます。まずは「継ぐ人」が熟考し、中核となる部分を固めます。その際、先輩経営者や学者に話を聞きに行くのもよいでしょう。並走期間が終わってからは超多忙になり、なかなか時間がとれませんから、今のうちです。

自分の中で考えが定まったら、プロジェクトチームを編成し、ビジョンを肉付けし、進化させます。プロジェクトチームには、中堅から若手までの有望な人材を集めます。ここで大切なのは、プロジェクトチームでイチからビジョンをつくるのではない、ということです。合議制ではビジョンはつくれません。核心部分は「継ぐ人」がつくり、プロジェクトチームのメンバーに説き、同志として共鳴してもらわなければなりません。この過程で、「継ぐ人」は自分の意図を的確に伝えることの難しさを悟るはずです。同時に、プロジェクトメンバーの人となりを吟味することもできます。(メンバーからも、経営者としての資質を計られることになりますが。)

ビジョンがある程度固まってきた段階で、「譲る人」に見てもらう機会を設けます。細かい点はさておき、基本方針についてはきちんと議論し、握っておくべきです。これは、1対1で行います。間違っても、プロジェクトチームのミーティングに「譲る人」を招いてはいけません。メンバーたちが萎縮してしまいますし、最悪の場合には「譲る人」に忖度してしまう恐れがあるからです。

ビジョンの発表は、並走期間の終了とタイミングを合わせます。社員に向けて力強くビジョンを語る「継ぐ人」の後ろで「譲る人」が微笑みつつ見守っているという情景は、社内外に強いインパクトを与えることができるでしょう。

2)「譲った人」へのコミュニケーションを仕組み化する

並走期間が終わったあとは「譲る人」ではなく「譲った人」になるわけですが、経営者としての単独飛行が始まったからといって、コミュニケーションを疎かにすることは得策ではありません。なぜなら、「譲った人」のところには、社内外から新社長についての評判が寄せられるからです。その多くは善意によるものですが、なかには底意地の悪いものもあります。善意によるものの中にも、ピントの外れたものが混じります。こういうものが積み重なると、「譲った人」としては心配になってしまうものです。心配が募ると、最悪の場合には「譲った人」が「継いだ人」の資質に疑念を抱くことになり、トラブルの火種となります。

「譲った人」に余計な心配をさせないためには、「譲った人」へのコミュニケーションをとる時間と方法を定め、仕組み化するのがおすすめです。頻度は月1回くらいが適切かと思います。方法は対面で。夕食をともにするのがよいでしょう。「譲った人」が「もう気にしないでくれ」と言うまでは続けるべきです。その後も、ざっくりした経営書類は定期的に送るべきです。連絡を切ってしまってはいけません。辞めた人には、寂しい気持があるからです。

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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