第四章第三節~リスク回避の仕組み(2)

「リスク回避の仕組み」とは、具体的にどのようなものでしょうか。それは次の4つです。

1)最低週1回、二人きりで面談する

2)二人の部屋を近づける

3)秘書を共有する

4)できれば間に第三者を入れて進捗を管理する

「え? こんな簡単なこと?」と意外に思われる方もいらっしゃることでしょう。そうなんです。一見すると、こんなことで効果があるのかと思われがちです。しかし侮らないでください。いざ実行するとなると、かなり手間がかかります。でも本当に効果があることは、実務家として保証します。

1)最低週1回、二人きりで面談する

二人だけで会う

「譲る人」と「継ぐ人」が二人だけで会います。二人だけ、というのがポイントです。他の人が入ってはなりません。「継ぐ人」の兄弟姉妹が役員として社内にいる場合でも、参加させません。あくまでも二人だけです。

この面談はいわば「承継の儀」と位置付けられるべきものです。「譲る人」にとっても「継ぐ人」にとっても特別な時間であることを明確に意識してもらわなければなりません。特別感を醸成するために、承継の当事者以外には参加を許しません。

習慣化する

絶対に週一回を厳守する必要があります。これよりも間隔が開いてしまうと効果は半減します。

コツは毎回設定するのではなく、二人のスケジュールに組み込んで習慣化することです。新年の初めには、もう1年分の日程が確定しているようでなければなりません。

私は月曜日のランチをいっしょに食べることをおすすめしています。ダイエットしている方は別として、食事は必ず摂るものです。このように日常的に必ずすることに紐づければスキップしにくくなります。月曜日の午前には全社的な会議が組まれていることが多いでしょうから、それを受けて「譲る人」と「継ぐ人」が話し合うことには意義があります。また、ランチの場だと、くつろいだ雰囲気にもなるでしょう。親子として、今まで数百回にわたって一緒にご飯を食べてきているのですから、互いに愛情を確認する効果もあるかと思います。

この週に1度のミーティングは、最優先のものとして位置づける必要があります。海外出張なども、このミーティングを避けてスケジュール設定しなければなりません。そういう意味でも、月曜日のお昼に設定するのは、実務的な観点からもおすすめです。

テーマは定めない

とくにテーマを定める必要はありません。むしろ、定めないほうが良いのです。テーマを定めてしまうと、「今回は特に進展がないので、会うのはやめておこうか」となりがちです。いったんそうなると、自然に頻度が落ちていくのが人間の常で、結果として「譲る人」と「継ぐ人」の間での意思疎通が疎遠になってしまいます。これは非常に危険なことです。

話すことがなくても会うというのは、非常に大事です。顔を合わせれば話す事は浮かんできます。ふと思いついたテーマが、非常に示唆に富むものであることは、実際によくあります。

極端な話、「この弁当おいしいね。」でも良いのだと割り切って、とにかく始めることです。

全社員が知っている

「譲る人」と「継ぐ人」が必ず週に一度会っていることを、社内の誰もがが知っているように仕向けなければなりません。スケジュールソフトなどで経営幹部の予定を管理している会社は多いかと思いますが、そこで「承継ミーティング」などと銘打って、社内の全員に予定を公開します。

なぜここまでするのかというと、理由は二つあります。平凡な理由と、深い理由です。

社内が安心する

まずは平凡な理由からご説明しましょう。それは、社内に対して、事業承継が進んでいることを印象付ける効果があるでということです。

事業承継は段階的に進みます。「継ぐ人」の権限の拡大や、主催する会議の増加といった節目は、だいたい半年単位になります。それ以外のときには、一般の社員から見ると、事業承継が順調に進んでいるのかどうか分かりにくいものです。

「譲る人」と「継ぐ人」が毎週必ず会っていることが社内に知れ渡っていれば、「毎週会っているんだから、順調に進んでいるんだろう」と安心してもらえます。

闇夜、門を叩く輩の出現を未然に防ぐ

物々しい表現になりましたが、これが深い理由です。

「譲る人」と「継ぐ人」の並走期間は、いわば二頭体制の期間ですから、本質的に不安定であることは否定できません。社内には不安を覚えている人たちが必ず存在します。そうした人たちが何をするかというと、多くの場合、「譲る人」へ「ご注進」に及ぶわけです。「会長はご存知ないかと思いますが、社長がこんなことを…」といったように。

「ご注進」の動機には、善意と悪意の二つがあります。気をつけなければならないのは、悪意に基づく場合です。

「継ぐ人」への承継に伴う経営幹部の世代交代に危惧を抱く人々の中には、悪い輩も存在します。そんな連中が策動し、「譲る人」の不安を掻き立てるような話(多くの場合、本当のように聞こえてしまう作り話)を密かに囁き、「譲る人」への忠誠心をアピールするとともに、「譲る人」と「継ぐ人」の間に相互不信の種を蒔こうとすることがあるのです。

逆のケースもあります。「譲る人」の体制下で不遇をかこっている連中が「継ぐ人」による新体制に期待をかけて、「譲る人」の今までの経営の問題点を誇張して「継ぐ人」に吹き込んだりするわけです。この場合も相互不信の種火となります。

「継ぐ人」が婿である場合には、とくに気をつけなければなりません。外からやって来て後継者におさまることに対して、妬みの感情を抱く社員がいることは否定できません。そんな連中がことさらに「継ぐ人」に関するネガティブな情報を「譲る人」に吹き込もうとするからです。

この手の「ご注進」を行う輩の狙いは、「譲る人」と「継ぐ人」の意思疎通不足につけこむことです。であれば、「譲る人」と「継ぐ人」の意思疎通が密であるならば、つけ入る隙を与えず、不逞な輩(笑)の行動を抑止できます。二人が毎週必ず会っていることが知れば、輩は躊躇するはずです。「こんなこと、ご存知ですか」の背後に潜む不純な動機がバレバレになるからです。

社内で会う

会う場所は社内にすることをおすすめしています。社外に出かけるのは億劫です。人は億劫なことはサボりたくなるものです。ランチのために、毎回、外のお店を予約するのはスタッフにとっての負担にもなります。

また、不逞の輩を抑止するためにも、「譲る人」と「継ぐ人」が本当に会っていることを見せつける効果があるので、社内で会われることをおすすめします。

とある会社の「譲る人」と「継ぐ人」は、親子として同じ敷地の中にそれぞれ家を建てて暮らしておられたのですが、毎週必ず社内の会議室で会うことを定められました。「たしかに、変なことを言ってくる奴はだいぶ減ったよね。」と「譲る人」が苦笑しておられたことを思い出します。

事例〜日清食品

最低でも一週間に一度、二人きりで会うことの重要性を、日清食品の安藤宏基会長も説いておられます。「カップヌードルをぶっつぶせ」から引用します。

十年以上前になるだろうか。ある休日の昼、大阪府池田市にある実家の母から電話がかかった。「会長が不機嫌で困っている」と言う。

 

例によって、私のことを怒っているらしい。すぐに電話をかけた。一時間話したが、そのうち五十九分が会長の持ち時間、私に与えられた釈明の時間はわずか一分だった。会長の機嫌は直らなかった。私も一方的にしゃべられてガチャンと切られては立つ顔がない。仕方がないので、仕事道具や身の回りのものをかばんに詰めて自宅を出た。羽田から伊丹まで飛行機に乗って、池田宅に足を運んだ。

 

まずは二時間、会長の話を聞きながら、相槌を打つだけだった。言いたいことを話し切ると満足したようだった。

「ではおまえの話を聞いてやる」と言うので話し始めると、「いい話はあとでいいから、問題点から話しなさい」とくる。

話していると、「おまえは楽しい話をせん男だな。楽しい話を聞かせよ」と注文する。

結局、なんだかんだと説明するのに一晩をついやし、終わったのは翌日の昼間だった。二人とも疲れてくたくたになった。

 

これ以降、私は最低一週間に一度、ゆっくりと話し合いをする時間を取るように心がけた。一種のガス抜きである。私が聞かないと、他の役員に同じ話を言い出す。そのために社内に不協和音が生じては困る。二人が一枚岩になる方法はこれしかなかった。(p19)

私が付け加えたいのは、もう少し早くに気づいていただきたかった、ということでしょうか。「十年以上前」の時点とは、安藤さんはすでに社長に就任して10年目くらいにあたるはずだからです。

 

2)二人の部屋を近づける

「譲る人」と「継ぐ人」の社内での物理的な距離を近づける必要があります。会長室と社長室が別のフロアにあるなどというのは論外です。基本的に同じフロアに置かなければなりません。とはいえ、隣り合わせだと窮屈感を覚えることもあるでしょうから、二人の部屋の間に会議室を挟むことができれば理想的です。その会議室で週に一度の時間を持てばよいでしょう。

大部屋制をとっている会社の場合には、「譲る人」と「継ぐ人」が互いの視界に入るようなレイアウトにすべきです。隣り合わせが理想ですが、それだと窮屈だという場合には、間に秘書の机を配置するか、あるいはプリンターでも置いてください。

なぜこんなことにこだわるかというと、心理的距離感は物理的距離感に左右されるからです。少しでも遠いと足を運ぶのが億劫になるのが人間というものです。ふと思い立ったときに素早く話ができるようにしておくことによって、意思疎通の不全を防止します。

そして、ここでも「ご注進」の輩を抑止する効果が期待できます。「継ぐ人」の部屋の前をコソコソと通って「譲る人」の部屋に行くのは、かなり後ろめたいですよね。大部屋制の場合には、そういう行動自体が悪目立ちします。

ある婿後継者の方から伺った話です。その方は取締役として入社され、義理のお父様が会長になられると同時に社長に就任されました。役員のときは担当部門に席を構えていたのですが、社長就任に伴い、新しく会長室の隣に社長室をつくってもらいました。

 

社長室のドアを開けておくと、誰が会長室へ向かうのか、よく見えます。結果として、社員から会長への「ご注進」が激減し、余計なエネルギーを使わないでよくなったそうです。もちろん、会長との物理的距離が縮まり、こまめに会話できるようになったことも相互理解が進んだ大きな理由ではありますが。

 

3)秘書を共有する

偶発事故による疑心暗鬼の芽を摘むために効果的な打ち手です。

並走期間では「譲る人」が段階的に社内の会議から退いていきます。どの会議には出て、どれには出ないという仕分けがだいたい半年周期で変化していくため、現場では連絡ミスが発生しやすくなります。多くの場合には「譲る人」が笑って済ませば収まるのですが、「俺は聞いていないぞ」と怒りを招くようなケースが続くと疑心暗鬼にはまってしまう危険が生じます。

秘書を共有していれば(その秘書が有能であるということが前提になりますが)、届くべき連絡が届いていないことを察知して、事故を未然に防ぐことができます。例えば、「この会議、会長に通知が来ていませんが、よろしいのでしょうか?」といったように。

きわめて実務的な理由もあります。「譲る人」の秘書は、同じ業界内の社長たちをはじめとして社外に名前が売れていることが多いので、「継ぐ人」にとっては彼or彼女の力を借りて社外ネットワークを引き継いでいくのが得策です。

今までの経験から言うと、この提言には「継ぐ人」からの抵抗感が強いのです。まあ、気持がわからないではありませんが。そういう場合には、経営を承継して基盤が盤石になった時点で秘書に交代してもらえばよいのでは、とおすすめしているのですが…

 

4)できれば間に第三者を入れて進捗を管理する

「譲る人」、「継ぐ人」、そして第三者で定期的にミーティングを行います。この場で事業承継の進み方を確認します。同時に、懸念される点について議論します。頻度は月1回。隔月になると効果は落ちます。

ここでの第三者の仕事は主に次の2つです。

  • 事業承継が順調に進んでいるかを確認し、問題点を洗い出す
  • 次のステップで何が起こりうるかを示して、不安を和らげる

進捗の確認と問題点の洗い出し

当初の予定通りに事業承継が進むことなど、まずありません。たいていの場合、遅れがちになります。遅れを招いた責任についてとやかく言うよりも、問題点を洗い出して素早く修正することが大切です。対応策を決めて「譲る人」と「継ぐ人」が握り、第三者はその立会人のような役割を果たします。対応策がきちんと実行されているかについても、その次のミーティングで確認します。

何が起こりうるかを示し、不安を和らげる

事業承継は前人未到の荒野を行くいう類の話ではありません。多くの先行事例があります。事業承継の進展に応じて、これからどんなことが起こりうるかを示して、不安を和らげます。比喩的に言えば、どこに落とし穴があるのかを伝えて、心の準備をしてもらい、合わせて回避策を示して「譲る人」と「継ぐ人」の合意を取ります。

ここではロジックもさることながら、いかに適切な先行事例を引っ張って来れるかが勝負です。あまりにも離れた業界の事例であったり、事業規模が違いすぎると納得性を得られません。二人が肚落ちしてくれないと意味が無いので、「譲る人」と「継ぐ人」のパーソナリティを見極めた上で事例を選ぶ配慮も求められます。

「第三者」に求められる条件

最低限必要なののは、事業承継についての知見と、企業経営の理解です。前者は当然ですが、後者も大切です。経営者の視点に身を置くことができないと、対等の立場で議論し、説得することはできません。あとは一種の度胸。場合によっては、虎の尾を踏まなければならないからです。

社内の人間にこの役割を期待するのはまず無理でしょう。優れた番頭さんであれば大丈夫では? と思われるかもしれませんが、その方が事業承継にも通暁していることを期待するわけには行きません。多くのファミリービジネスに於いて、事業承継は約30年に一度の出来事であり、番頭さんにとってもはじめてのことであるはずだからです。

社外取締役にお願いするのは、良い選択肢だと思います。ただし、その方に事業承継についての知見があり、かつファミリーのことにまでコミットしてくださる熱意があれば、ですけれど。

実は、この「第三者」が私の仕事です。「譲る人」、「継ぐ人」と並走して、事業承継を進めます。「継ぐ人」の育成段階からお手伝いすることも多いので、長いと10年を超えるお付き合いになります。修羅場を見ることもありますが。

 

さて、延々と続けてきたこの連載ですが、そろそろ終わりが近づいてきました。 次回は並走期間が完了した段階で、「譲る人」と「継ぐ人」が各何をすべきなのか、ご案内することにいたします。

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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