第二節 婿養子の是非(前半)

日本のファミリービジネスの大きな特徴の一つは婿養子制度であると指摘されています。そしてファミリービジネスにかかわる人々の間で、婿養子制度の評価が高いというのも事実です。

とある灘の蔵元のご当主に伺ったところでは、ご本人は明治維新以来、はじめて嫡男として生まれて、当主になられたとのことでした。つまり、それ以外の当主はすべて婿養子であられたわけです。ご本人は「優秀な婿養子が続いたから今まで存続できたので、これからはわからんよ」と笑っておられましたが。

今回と次回を使って、この婿養子制度について考えることにいたします。ただし、「婿養子」というと奥さんの戸籍に入る場合に限定されてしまいますので、厳密を期して「婿後継者」と呼ぶことにしましょう。

さて、まずは「婿後継者」の是非について論じます。私は第一節で述べたように、第一子が女性である場合でも、彼女を後継者として育成すべきであるという立場を取っています。したがって、「いずれ婿養子を迎えれば良いから」と、長女に後継者教育を行わないという考えに賛成することはできません。

かと言って、「婿後継者」を頭から否定するわけではありません。多くの事例が示すように、事業を承継する上で有効な選択肢の一つであることは間違いないからです。

したがって、次回は「婿後継者」への承継を成功させるためには何がポイントになるのか、実例からの経験則に基づいて考えることといたします。

ということで、本論に入りましょう。

典型的なケース

歴史的にみて、ファミリービジネスの当主が婿後継者を迎えるに際してもっとも典型的なのは、お子さんがお嬢さんばかりというケースでしょう。従業員の中から有望な若手を選んで、長女と結婚させるというもの。NHKの朝ドラ(たとえば「わろてんか」の主人公の父)でもよく見かけるパターンです。

最近だと、長女の結婚相手を当主(義父)が見込んで説得し、後継者とするケース。 このパターンの成功事例が目立つので、日本は「婿養子大国」であると指摘されるわけです。

歴史的なパターンは今も通用するか

この節の冒頭でご紹介した灘の蔵元のように、過去には確かにうまく機能してきましたが、これからは難しいでしょう。というのは、このパターンは奉公人制度を前提にしていると思われるからです。

戦前だと小学校を出て丁稚として店に入るわけですから、当主は12歳くらいからその資質を見定め、育てることができました。実質的には自分の息子を育てるのと同じくらいの時間と手間をかけることができたわけです。いや、思うように成長しなかった場合にはすげ替えることができたのですから、自分の息子を後継者に育てるよりも融通が効いたとも言えますね。

現代だと大卒として22歳くらいで入社しますから、婿として選び、育てる時間がだいぶ短くなります。また、丁稚のように寝食を共にすることで、裏表なく資質を見極めることもできません。ですので、婿候補として選ぶに際して、ハズレの確率が高くなってしまうことは否めません。

それに何よりも、当主が従業員の中から選んだ男性と結婚することに、長女が納得するかについてはかなり疑問です。「時代劇じゃないんだし」と一蹴されてしまうのがオチかと思います。

余談になりますが、奉公人から婿養子になる場合には、相当な苦労があったようです。ある京都の老舗の御当主から伺った話ですが、何代か前の当主は奉公人上がりで、この人への親戚筋からの苛めは凄まじかったそうです。意地で頑張って事業を成長させたのですが、自らの臨終の間際に、親戚がつめかけている中で、肩を借りつつ仏間まで這って行き、仏壇に家業を守り抜いたことを報告して息絶えたとか。ご当主は「壮絶な当てつけやね。」とおっしゃっておられました。

長女の結婚相手を説得して後継者にするパターンについて

実際、このパターンはよくあります。そして立派な業績をあげておられる婿後継者もたくさんいらっしゃいます。

『星野佳路と考えるファミリービジネスの教科書』(日経BP社)という本があります。これはファミリービジネス経営者の視点から書かれたとても優れた本なのですが、星野さんも婿養子について好意的です。

後継者が実績を上げて成功すれば、新しい感覚を持ち込むことに、先代の抵抗はなくなり、信頼が深まる。これが基本的な成功の構図です。

しかし、これが実の親子だと、なかなかうまくいかないのです。(中略)

息子というようりも「社内の後継者」なのです。確かに娘婿と義父ではありますが、実の親子と違って、ビジネスの関係が先立つ感じがあります。(p394)

いわゆる成功バイアスが働いている可能性はあるものの、うまく行っているケースを多く目にするので、問題がなさそうに見えます。「婿養子を迎えることの、何がいけないの?」と思われても不思議はありませんが、私はこのパターンの成功例は、幸運な結果論であると見ています。以下で私の考えを述べさせていただきますね。

どうすればよいのか〜理想形

私は婿を後継者にすることに反対しているわけではありません。私は、第一子が女性である場合、あるいは子供がすべて女性である場合に、いずれ婿を後継者にすればよいと漫然と考えて長女に後継者教育を行わないことに反対しているのです。

長女を後継者として育てることと、彼女が結婚した時点で婿を後継者として指名することは、互いに矛盾することではなく、両立可能です。というか、婿後継者にとっては、その方が望ましい結果を生むことになるでしょう。

結論は簡単です。長女を後継者として育て、彼女が結婚した際には、1)その夫を後継者として指名するか、2)補佐役として経営に参加してもらうのか、3)全く経営に参加させないのか、について、彼女が決定すればよいのです。(もちろん、譲る側である両親と相談すべきですが、彼女の判断を第一に尊重すべきです。)

この案をお薦めする理由は以下のとおりです。

社員からの納得を得やすい

ファミリービジネスの場合、社員は当主の家族構成を把握しています。当主が娘に後継者教育を行わず、誰が継ぐのが明確でないという状態は社員にとって不安なものです。そんな状況が続いたあと、娘さんが結婚することになり、その相手が後継者になるのだと告げられたら、社員は動揺するだけでなく、快く思わないでしょう。お婿さんの経営能力は未知数であるわけですから、そんな彼に会社の将来を委ねるのかと天を仰ぎたい気持になっても不思議ではありません。

当主が長女を後継者に指名し、彼女もそれに応えて頑張っていれば、社員は応援しようという気持になります。そして彼女が自分ではなく結婚相手を後継者に望むのであれば、社員は「そこまで見込むのだから」と納得し、受け入れてくれることでしょう。

婿後継者の学びを加速化できる

社員の中から婿が選ばれるという、今やかなりレアなケースを除いて、婿は当該ファミリービジネスについて白紙の状態であるはずです。そんな状態から社員に認められるまでになるためには、相当な努力が必要です。

もし、奥さんが後継者として育成され、そのビジネスに通じているとしたらどうでしょうか。婿後継者にとって、得難い学びの機会が与えられたことになり、成長を加速させることができるでしょう。家庭教師のようなものですからね。

「娘を後継者として育てるべきだという原則論はもっともだけど、もう遅い。今となっては娘の結婚相手に期待する以外に選択肢が無いのだけど、どうしたらよいのか」とおっしゃる方、次回をお読みください。次回では、「婿後継者」への承継を成功させるために、「譲る人」と「継ぐ人」は何に気をつけ、どのように振る舞うべきなのかについて、実例からの経験則に基づいて考えます。

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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