チューリヒでパルシファールの舞台稽古中に新型コロナに感染してしまったマエストロ・ノット。 好楽家が待ちわびた彼の来日演奏会は、残念ながら曲目変更。それでもノットと彼に心酔する東響がつくりだす音楽に触れたくて、雨の中、ミューザ川崎へ。ノット監督のミューザでの演奏会は1年半ぶりとのこと。そうか、私たちのコロナとの戦いも、もうそれくらいになるのですね。
曲目は前半がベルクの室内協奏曲~「ピアノ、ヴァイオリンと13管楽器のための」、後半はマーラーの交響曲第1番。ほんとうは、ブルックナーの6番だったんですけどね…
ベルクの室内協奏曲:室内協奏曲~「ピアノ、ヴァイオリンと13管楽器のための」
ソリストは児玉麻里さんと、コンマスのニキティンさん。
この曲、私は実演では初めて。この手の曲は録音で聴くだけでは真価がわかりませんね。私の耳が悪いということもありますが。ベルクが最も油が乗っていた頃に書かれたというだけあって、とても緻密な、面白い曲でした。ただ、これは演奏するのはたいへんだと思います。が、東響の管楽器群のアンサンブルはさすが。これだけのアンサンブルを聴かせてくれるのですから、プログラムに奏者の名前をクレジットすべきだと私は思いました。
ニキティンさんのソロも、いかにもアンサンブルのツボを心得ていますという風情で素晴らしい。この曲、ヴァイオリンが1挺加わるだけで色彩が格段に違ってくるのは作曲の妙ですね。ピアノの児玉さんも指揮を真正面から受け止めて、お見事でした。
マーラー:交響曲第1番
ノットが世に出るきっかけのひとつは、彼がバンベルク交響楽団と録音したマーラーの交響曲全集。ここでの1番の録音は2005年の12月から2006年の1月にかけてのもの。今回、久しぶりに予習のために聴いたのですが、予想したとおり、本番はまったく異なる演奏となりました。16年という時間のなかでの、ノットの成熟。
今宵は冒頭でノットがまさにタクトを降ろそうとしたときにP席で携帯の音声が鳴るというハプニングがありました。演奏開始後でなかったのは不幸中の幸いですが、ちょっと信じられない出来事でありました。
そのハプニングの影響かどうかはわかりませんが、冒頭でピッコロの音程が外れたり、エキストラのクラリネット首席の音が浮いたり、第一楽章は波乱のスタート。でもだんだんと持ち直して、ノットの世界が展開していきます。テンポを揺らし、弱音を磨き、独特の響きをつくりだす手腕は凄い。マーラーの1番を聴いてワルプルギスの夜を連想したことは未だかってなかったことです。圧倒的にユニークな、美しい世界。こういう演奏に接することができるのは、なんと幸せなことか。
クライマックスへの道のりも、必然性を感じさせる素晴らしいものでした。(いえ、単に音量を上げてクライマックス感を出す指揮者もいるので…) 到達点としてのクライマックスの迫力たるや、身震いするレベル。素晴らしい演奏でした。
終演後、大拍手に応えてマエストロが掲げた「ただいま」のメッセージでホールに満ちた一体感には、格別のものがありました。1年半ぶりですものね。
オーケストラについて
後半のコンマスは水谷さん。ノットの意図をまさに的確に増幅する感があり、さすがの一言。 木管群で同様に指揮者の意図を具現して歌い抜いていたのがオーボエの荒木さん。そしてそれを支えたファゴットの福士さん。アングレの最上さん、フルートの相澤さんもお見事。クラリネット首席はエキストラの方だと思うのですが、緻密なアンサンブルに溶け込むのはたいへんだったと思います。ちょっと異質感が出てしまったところがあって心配しましたが、怯まず吹ききって立派でした。
あらためて、ノット/東響の稀有な結びつきに感謝でした。素晴らしい演奏会でありました。
P.S. 写真は東響によって twitter に公開されたものです。