新「初演魔」による、進境著しい第九:神奈川フィルハーモニー交響楽団第九演奏会

いまや日本を代表する指揮者のひとりに数えられる下野竜也さん。彼は故若杉弘さんの衣鉢を継ぐ「初演魔」で、今回も第九の前プロとしてマルティヌーの「リディツェへの追悼」が組まれています。よりによって第九の前にこの曲が(しかも休憩を置かずに続けて)演奏されることの意味を考えながら、神奈川県民ホールへ。

下野さんの指揮に初めて接したのは、私の記憶に間違いがなければ、彼がまだ大学生のとき。それは大阪フィルを使った音楽番組で、指揮者を目指している数人の若者がオケを振ってみせるというものでした。下野さんは「朝比奈先生に私淑し、追いかけている鹿児島大学の学生」として紹介されて登壇したのですが、彼が振った時だけオケがずっしりした音を出し、朝比奈先生がニンマリとした表情を浮かべたことを記憶しています。

 

マルティヌー:「リディツェへの追悼」

第二次大戦さなかの1942年に、ナチス幹部のラインハルト・ハイドリッヒがイギリス軍の特殊部隊によって暗殺されたことへの報復として、実際には無関係であったプラハ近郊の村がナチス武装親衛隊によって襲撃され、成人男性全員が銃殺、女性も強制収容所に送られて大半が死亡したという蛮行を追悼し、抗議するために書かれた曲。

ずっしり重い曲でした。そして、マルティヌーらしく、編成にはピアノが。

私はマルティヌーの音の重ね方が好きです。この曲でもそれははっきり聴き取ることができました。この曲の最後に、ベートーヴェンの5番冒頭部の「ダダダダーン」が引用されるのですが、その意味するところは何なのか… 

そのままアタッカで第九へ。

 

ベートーヴェン:交響曲第9番

マルティヌーから休憩なしだったので、テューバ奏者やピアニストがステージ上に残ったままで第1楽章が始まりました。

神奈川フィル、うまくなりましたね。とくに木管のアンサンブルが綺麗です。カーチュン・ウォンの時にも同じことを感じましたが、これはこのオケの美質と言ってよいでしょう。

白眉は第3楽章でした。全体として音量を抑えて、とても緻密なアンサンブル。これは素晴らしかった。下野さんの第九は2016年に日フィルで聴いていますが、同一人物とは思えない、格段の進歩。

これはもう室内楽でしょう。こういう路線では、今まで聴いた中でも一二を争う出来栄えでした。下野さん、本当に素晴らしい。彼は今年から手兵である広島交響楽団でシューベルト・ツィクルスを組んでおられるのですが、その蓄積が良い方向に出ていたように感じました。

終演後、「お見送り」でロビーに並んでおられたファゴット首席の石井さんに「第3楽章、素晴らしかったですね!」と感想をお伝えしたら、「実は、第3楽章ばっかり練習していたんですよ!」とのことでした。やっぱりねえ。

第4楽章の冒頭部でもソリストは入場せず、どうするのかなと思っていたら声楽が入る直前で入ってきました。一方、合唱団はマルティヌーの頭から着席して待機。

第九なので一応ソリストと合唱にも言及しないといけないのですが、合唱はアマチュアなので致し方無いかと。ソリストについても、メゾソプラノの林美智子さん以外はちょっと…  

私は下野さんを聴きに行ったので、まあ歌はどうでもいいです。

ホールを出たら、木枯らしが舞う中、飛鳥II が大桟橋に停泊しているのが遠望できました。横浜ですね。

 

この記事を書いた人

元永 徹司

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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