Strum und Drang 〜駆け抜ける第九:東京交響楽団特別演奏会

ジョナサン・ノットという名前を私がはじめて耳にしたのは、おそらく2000年のこと。ホルスト・シュタインの後任としてバンベルク交響楽団のシェフに就任したというニュースであったかと思います。ヨーゼフ・カイルベルト、オイゲン・ヨッフム、ホルスト・シュタインといった独墺系の錚々たる巨匠たちと関係の深いバンベルクが、弱冠38歳の、しかもイギリス人の指揮者を選択したことは、ちょっとした驚きでした。

ノットとバンベルク響は2003年にマーラーの録音を開始。最初は5番でした。5番には名盤がひしめいていますので、当時の私はさして感銘を受けず…

「おっ?」と思ったのは2011年にリリースされた3番。メゾ・ソプラノにわが国の誇る藤村実穂子さんを起用したこの演奏の素晴らしさにはびっくり。これが私にとって、ノットに注目する契機となりました。

ノットはこの年にはじめて東響を指揮し、大成功をおさめます。そして翌年に音楽監督に就任し、東響の黄金時代をスタートさせることになったわけです。

東響は昨年まで秋山和慶マエストロの下で「第九と四季」のプログラムを継続してきたのですが、今年からはノット。来年も彼だと聞きました。

欧米では第九は特別な場合にしか演奏されません。あの巨匠ホルスト・シュタインでさえ、N響で初めて第九を振ったという逸話があるくらいです。おそらくはノットにとっても、初めてか、あるいは2度目くらいのはず。新鮮な目でスコアを見つめたノットと、演奏経験豊富なオケが組み合わさるとどうなるか。それが今日サントリー・ホールに集った我々の楽しみでした。

 

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」

いままでの1、3、7番で快速テンポであったノット。その彼がいきなりスローテンポになるはずもなく(なったらみんなビックリだったでしょうけれど)、予想通り速い、速い。ティンパニの叩き込みも雷鳴のようで、私は Strum und Drang という言葉を思い出しました。疾風怒濤。

もちろんただ速いだけではなくて、時折、「おっ?」と思わせるようなアクセントが明滅。ノットはフルートを学んでいたからか、木管に要求する表情も多彩です。

第2楽章も速い。ヘルマン・シェルヘンの録音よりも速いのでは。さすがにホルンがついていけなくなりそうな箇所がありましたが、大野さんが踏み応えてなんとかクリア。そういう意味で、「手に汗を握る」要素もある演奏でした。

第3楽章。これに関しては、先日の下野/神奈フィルに私は軍配を上げます。目指す方向性が違うので単純な比較はできませんが、もう少し深いものを感じたかったのは率直なところ。

第4楽章。さすがにちょっとテンポは落としたものの、強烈なドライヴ感。意外にも木管にちょっとタメを要求する場面もあり、ここではバンベルク響での彼の前任者であるホルスト・シュタインのことを連想させられました。

ソリストはいずれも立派。テノールはヴィーンでパルジファールを歌っているサイモン・オニールですが、なにせテンポが速いので朗々と歌うわけにはいかず、ミーメのような感じになっていましたが。バスのシェンヤンも堂々たる歌唱。ただ子音の発音が弱いかな。ソプラノもメゾ・ソプラノも音楽的な歌唱でした。

東響合唱団は、例によってアマチュアとは思えない出来栄え。とりわけディクションがしっかりしていたのが良かったです。

コーダにかけての設計も十分で、圧倒的な印象を残して終演。もちろん、ブラヴォーの嵐。

最後の最後にコーラスの一部が客席通路におりてきての「蛍の光」の合唱があり、とても感動的でした。

 

オケについて

コンマスはニキティンさん。ワキは水谷さん。弦はあのテンポに果敢に挑み、迫力十分。

今日は弦が12型だったので、2管編成とはいえ木管が目立つことになります。フルート相澤さん、オーボエ荒木さん、クラリネットはなんと読響の藤井さん。ファゴット福士さん。荒木さん、素晴らしい。ファゴットの福士さんも豊かな良い音でした。第4楽章での木管のアンサンブルで、クラリネットに力点を置くようにノットが振ったところがあって、客演の藤井さんはさぞかしシンドかろうと思って聴いていましたが、さすがはベテラン。終演後木管の首席たちから握手攻めにあってました。

 

打ち上げ

終演後興奮冷めやらず、ホール近くの Schumatz というビアホールへ。一人でヴァイツェンを飲んでいたら、なんと4人のソリストたちが入店。店内の我々も拍手でお出迎え。サイモン・オニールさんに、”Truly splendid performance!” と語りかけたら、私がバイエルンのイェーガー・ヤッケを着ているのを見て、”Danke! Danke!” 。面白いオジさんでした。愛想良いし。

数分後、ジョナサン・ノットも来店。みんなからのブラヴォーと拍手に迎えられて、心底嬉しそうでした。

今年の聴き納めにふさわしい、素晴らしい演奏会でした。

この記事を書いた人

元永 徹司

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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