「モノが違う」二人の邂逅: 九州交響楽団第397回定期演奏会

現在もっとも将来を嘱望されている若手ヴァイオリニストの金川真弓さんと、私がずっと注目している将来の巨匠カーチュン・ウォン。 この僥倖とも言うべき組み合わせを聴くために、仕事の予定を無理やり調整し、福岡へ飛びました。

曲目は前半がブラームスのヴァイオリン協奏曲。後半がバルトークのオーケストラのための協奏曲。このプログラミングも素晴らしい。

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲

これまで多くの名演に接してきた中で、ヴァイオリンのソロに心を射抜かれる思いがしたのはアラン・ギルバート指揮、NDR響の演奏。ソリストは庄司紗矢香。何かが憑依したかのような演奏。 ついこのあいだのように思っていましたが、調べてみたら2005年12月10日でした。このときアラン38歳、庄司紗矢香はなんと22歳。

昨夜の金川さんは憑依系ではなく、情熱を湛えつつも理知的な演奏。伝統に依拠するのではなく、彼女が独自に構築したブラームスは非常に説得力があり、実に素晴らしいものでした。もちろん技巧の冴えは超絶的なのですけれど、技巧を誇示する演奏ではありません。優れた技巧は表現するものがあってこそ意味があるのだと、あらためて感じ入りました。

カーチュンはもともと伴奏が巧い指揮者ですが、昨夜は金川さんと一体化したかのような指揮でした。その結果、ソロとオケのやりとりが非常によくわかります。オーボエの佐藤さん、フルートの大村さんはピリピリした刺激を楽しんでおられたのではないでしょうかね。そしてカーチュンの耳の凄いこと! 第二ファゴットまで聞こえるのにはびっくりしました。ルドルフ・ケンペ指揮ベルリン・フィルの名盤を彷彿させる見通しの良さ。

昨夜の時点で、金川真弓さん27歳、カーチュン・ウォンは35歳。庄司紗矢香さんと金川さんの比較は芸風が違うので意味がない(どちらも凄いという意味で)と思いますが、カーチュンは38歳当時のアランよりも全然上でした。これからが楽しみです。

そして、ファゴット吹きの端くれとしては、第二楽章冒頭部に触れないわけにはいきません。NDR響のとき、オーボエはパウルス・ファン・デア・メルヴェ。このひとの音は太くて深く、後ろで支えるファゴットのゲルハルト・シュタルケのサポートと相まって、いかにもドイツ的で素晴らしいものでした。

昨夜の佐藤太一さんは若手の名手ですが、メルヴェに比べると繊細な音。ファゴットは芸大フィルの依田さん。とてもニュアンスに富んだ、美しいアンサンブルでした。ため息が出ました。

金川さんのカデンツアはヨアヒムのものではありませんでした。あとで聞いたら、アウアーとのこと。金川さん、やりますね。

バルトーク:オーケストラのための協奏曲

超絶的な名演でした。私はこれほど素晴らしい演奏を聴いたことがありません。カーチュンおそるべし。

何が凄いかというと、ほんとうに新鮮な響きがするんです。ここでこんな風に、こんなアンサンブルがあるんだ、と驚きの連続。既存のどんな演奏とも異なる音楽。カーチュンのスコア・リーディングの深さは底知れないものがありますね。

彼の場合、ある楽器をことさら強奏させるのではなく、バランスを調整することによってソロを際立たせます。この場合、ソロ奏者は必要以上に大きく吹かないでよいので、「よい音」が出せるんです。そして、管楽器のソロのニュアンスについては、各奏者の自主性を尊重しているように聴こえました。

設計も素晴らしい。いままで、この曲に関しては相当な回数を聴いていますが、実は結構「手垢がついていた」ことに気づかされました。終曲のクライマックスなどは、こんな終わり方があるんだ! と寒気すら覚えました。

オーケストラについて

九響を聴くのは今回が2度目。よいオケだと思います。登り坂のオケですね。正直、九響ってこんなに上手かったんだ!とびっくりしました。

終演後、twitter は絶賛で溢れかえりましたが、その中で「九響の演奏史上に残る大名演」と評した方がおられました。それくらいの素晴らしい演奏でした。

 

今朝、私は朝早くに空港に到着し、ほぼ唯一開いていたロイヤル ホストで朝食をとっていたのですが、隣のテーブルでモーニングを食べているのがどうもカーチュンに似ていて  声はかけませんでしたけど。

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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