おそろしく解像度の高いブルックナーに驚いた夜:東京都交響楽団第885回定期演奏会

私たちの世代の好楽家にとっては、同世代のヒーローであった大野和士さん。ただ、このところの彼の演奏に接して「?」と思ってしまうことが多くて(ブルックナー6番、「グレの歌」など)、ちょっと心配しておりました。そんな中での、都響の今シーズン皮切りのコンサート。期待と不安を抱きながら、サントリーホールへ。

曲目は前半がベルクのヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出のために」。ソリストはヴェロニカ・エーベルレさん。後半はブルックナーの交響曲第9番。音楽監督がシーズンの冒頭を飾るにふさわしい、堂々たるプログラムです。

ベルク:ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出のために」

この独特の魅力をたたえた曲を初めて聴いたのは私が大学生のとき。ソリストは数住岸子さんだったと記憶しているけれど、検索しても出てこない。あれは幻だったのか、あるいはシェーンベルクの曲を聴いたのに、ベルクとして記憶していたのか…

この曲はソリストがバリバリ弾けばよいという曲ではなく、冒頭の分散和音をピアニシモでヴァイオリンからクラリネットへとつなぐところが象徴するように、ソリストとオケが心を一つにすることが求められる繊細な曲。この日のソリスト、ヴェロニカ・エーベルレさんの音は実に美しく、オケもぴったり合わせて素晴らしい演奏でした。彼女は日本には数回来ていて、直近では今年の3月であったらしいのですが、私は初めて。アンコールのプロコフィエフの無伴奏ソナタでは、朗々とホールを鳴らしてみせてくれました。今後、期待できる大器であるように思います。

この曲の初演者であるルイス・クラスナーから諏訪内晶子さんがレッスンを受けていて、その様子が彼女の「ヴァイオリンと翔ける」に生き生きと描かれています。

「音が大き過ぎます」

冒頭のアルペジオ、四本の開放弦を譜面に指示されたように、ピアノ・ピアニシモで、ごく小さく弾きだしたつもりだったのに、クラスナー先生は、僅か1小節で私の演奏を止めてしまった。

「オーケストラと共演のとき、ソリストの音が聴こえないかもしれないという理由だけで、大きな音で弾くのは、演奏者本位の考え方です。この数小節は、曲の始まりであると同時に、神秘的な宇宙の始まりでもあるのです。」

先生は Universe という言葉をお使いになった。車椅子に深々と身を委ね、ときどき眼を閉じては、懐かしい音を回想するような表情をされる。作曲者ベルクと深く交わり、同世代の巨匠たちの生活と思想を知り尽くした方でなければとてもなしえないような、貴重で、重みのあるアドバイスが続いた。

この日の都響の伴奏は、ヴァイオリンに寄り添う繊細極まるものでした。これくらいのレベルで演奏してくれて、初めてこの曲の真価が際立つのだなと感じた次第です。

 

ブルックナー:交響曲第9番

同世代の例にもれず、私はこの曲を朝比奈先生を通して知りました。潮田益子さんとのシベリウスのヴァイオリン協奏曲と、ブルックナー9番の大フィルのコンサートをNHKが放送してくれて、それをエアチェックして繰り返し聴き、この曲を覚えたわけです。あの東京カテドラルでのライブ(オケは新日フィルでした)は特に感動的でした。とにかく残響が長くて、だからこそのゲネラル・パウゼなのだと実感したものです。

そのあとの私の趣味は朝比奈先生の路線から離れて、南ドイツ的な伸びやかな演奏を好むようになりました。オイゲン・ヨッフム/ミュンヘン・フィル(1983年7月20日)、ラファエル・クーベリック/バイエルン放響(1985年6月6日)、そして最近の録音ではベルナルト・ハイティンク/ヴィーンフィル(2012年9月6日)。

今回の大野さんの解釈は、これらのいずれとも異なるもの。 とにかく解像度が高く、その結果として情報量がすごい。まさしくスコアが見えるような演奏。6番の時に感じられた、わざとらしいとも取れるような強調は影を潜め、スコアへの真摯な敬意が滲み出るような趣がありました。

ただ、旋律の息が短く感じられ、この点は私の好みではありませんでした。大野さんはチェリビダッケの演奏をミュンヘンでたくさん聴いているはずですが、むしろそういう演奏へのアンチテーゼとも受け取れる感がありました。

とても立派な演奏でした。とくに第二楽章では、聴いていて新鮮な発見が多々ありました。この楽章だと息の短さが問題になる箇所はほとんどないですしね。

 

オケについて

都響、ほんとうに上手。ヴィオラとコントラバスの厚みは、実に見事。このへんは本来はN響の得意分野なのでしょうけれど、今や都響の方に軍配が上がるのではないでしょうかね。負荷のかかるパートには大野さんも細かい配慮をされていたようです。1番ホルンがソロに集中できるようにアシをつけていましたが、もしかすると以前の首席だった笠松さんでは? 第三楽章のオーボエのソロからホルンのソロへと受け渡す所は、バッチリでした。(あそこはフォルテなのか?とは思いましたが。)

実に素晴らしい演奏会でした。大野さん、お見事。次が楽しみです。

この記事を書いた人

元永 徹司

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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