私たちは、ようやくハンス・ロットに追いついた:読売日本交響楽団第591回定期演奏会

読響常任指揮者セヴァスティアン・ヴァイグレによる、今シーズンのオープニングとなるコンサート。20年くらい前だったら考えられないくらいに「通好み」なプログラム。どれくらいお客が入るか興味津々だったのですが、満席とは言わないまでも9割近くは入っていたのではないでしょうか。在京クラヲタ、おそるべし。

ほんとうに渋いプログラム。前半はハンス・プフィッツナーのチェロ協奏曲「遺作」。ソロはアルバン・ゲルハルト。後半はハンス・ロットの交響曲ホ長調。いずれも実演に親しんでいる人は少ないはずです。

ハンス・プフィッツナー:チェロ協奏曲「遺作」

カンタータ「ドイツ魂について」や歌劇「パレストリーナ」で知られるハンス・プフィッツナー。どちらかというと晦渋な作曲家というイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。私は「ドイツ魂について」の音源を3種所有しているのですが、この作曲家が好きかと問われると微妙です。(ちなみに、3種とは、ホルスト・シュタイン/ヴィーン・フィル、オイゲン・ヨッフム/バイエルン放響、ヨーゼフ・カイルベルト/バイエルン放響。いずれも重量級のドイツの巨匠たちですよね。)

このチェロ協奏曲は「遺作」というタイトルがついていますが、実際には20歳のときの作品。作曲者本人が紛失したと思っていたものが、没後に発見されたという由来があるので、「遺作」というよりも「遺品」ということなのかもしれませんね。

プフィッツナーのヴァイオリン協奏曲などは晦渋な印象が強いのですが、この曲は若書きだけに、伸びやかな曲。しかも、ソリストであるアルバン・ゲルハルトのチェロが実に朗々とよく歌うので、なんだかとても明るい、華やかな曲を聴かせてもらったという感想が残りました。声楽曲を聴いているような感じです。ソリストと指揮者の息もぴったり合って、お見事。

私はアルバン・ゲルハルトという人を知らなかったのですが、とても良いチェリストですね。ヨーヨー・マとはまた違った趣ではありますが、同じくらいの技巧と、表現力を持っている人だなと思いました。

ハンス・ロット:交響曲ホ長調

ハンス・ロットはブルックナーの弟子で、マーラーよりも2歳年上。ただ、指揮者としても成功したマーラーに比べて非常に不遇で、貧困の中で精神の不調をきたし、25歳で亡くなっています。そんな彼の、22歳のときの作品。

ここ数年世界的にも演奏頻度が上がっているそうで、今年の2月9日にはパーヴォ・ヤルヴィ/N響、川瀬/神奈川フィルが各々取り上げ、「ハンス・ロット祭り」として話題になりました。(最近はこういうことが増えていて、今月の20日はN響と読響がマーラーの5番で激突(?)することになってます。)

さて、この曲、とても豊かな旋律に満ちていて、ワーグナーのマイスタージンガー、マーラーの1番、2番、ブルックナーを連想させる部分が随所にあります。ワーグナー、ブルックナーについてはロットが影響を受けたわけですが、マーラーの交響曲は全てロットのこの曲よりも後のものなので、「ロットがマーラーに似ている」のではなく、「マーラーがロットに似ている」のですよね。

ロットは師匠ブルックナーと同様にオルガン的な発想で作曲している風があり、トランペット、ホルンには技巧的にも体力的にも大きな負担がかかる作りになっています。「唇が疲れる」ということには無頓着。なので、オケは大変です。

いろんな場面で、いろいろな音楽が聴こえてくる曲であるわけですが、であるが故に「わかりやすく」振ろうとすると、この曲の持ち味は減殺されると思います。響きを整理整頓するのではなくて、いかに重ねて重層的な構造を作り、その中で各層を厚くしたり薄くしたりという操作が必要なのではないでしょうか。ある意味、シンフォニー指揮者よりもオペラ指揮者に向いている曲であるように私には思われました。

セヴァスティアン・ヴァイグレはまさにそういう指揮で、この曲の魅力を引き出してくれました。厚い響きの中から、ライトモチーフを掬い取って聴かせてくれるのですけれど、まあそれが見事なこと。おそらくヴァイグレはこの曲が好きなのでしょう。愛おしむように振ってましたね。

この曲、極論すると「脳内妄想」的なところがあるので、現在の演奏水準を以てようやく真価が現れるということは言えるかと思います。また、聴き手である我々にしても、今のようにたくさんマーラーやブルックナーを聴いていればこそ、この曲を楽しめるわけですよね。ですので、ようやく私たちがハンス・ロットに追いついた、と言えるのではないでしょうか。「いずれ私の時代が来る」と予言していていたのはロットではなくマーラーであったわけですが。

オケについて

トランペットの辻本さん、ホルンの日橋さん、素晴らしい。ロットの過酷な要求を克服して、実に音楽的なソロを聴かせてくれました。オーボエの蠣崎さんもよかった。読響全体としても、ヴァイグレの棒にぴったりついて行って、大名演となりました。9月に入って大野/都響、上岡/新日、ヴァイグレ/読響と聴いているのですが、いずれも高水準。いやいや、東京はたいへんな音楽都市ですよね。

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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