肩の力が抜けつつも、しかし雄渾な巨匠の筆致:東京フィルハーモニー交響楽団第956回サントリー定期演奏会

東アジア出身の指揮者で、ベルリン・フィルとウィーン・フィルの両方を振ったことがあり、かつヨーロッパの伝統ある歌劇場の音楽監督経験者というと、歴史上二人しかいません。言うまでもなく小澤さんと、チョン・ミュンフンさん。チョンさんは東フィルとの関係が深くて、2000年代の前半にベートーヴェンの交響曲全集も録音しています。

今年の2月には東フィルとマーラーの2番を演奏する予定だったのですが、コロナ禍で来日できずにキャンセル。隣国からの入国者は結構多いのになぜダメなのかと訝しく思っていたのですが、実はチョンさんは南フランスにお住まいとのこと。なるほど。で、今回も来日が危ぶまれていたのですが、無事来日されました。これだけで Bravo ですね。

さて曲目はブラームスの交響曲第1番と第2番。9月には3番と4番をやる予定です。凡百の指揮者だと、前半に2番、後半に1番を置いて盛り上がってフィニッシュとするのでしょうけれど、さすが巨匠はちゃんと作曲順。ブラームスの歩みを追うのですから、こうでなければなりません。

サントリーホールは最近ではもっとも大入りでした。7割くらいは入っていたのではないでしょうか。さすがチョンさん、集客力が違いますね。

ブラームス:交響曲第1番

大半の指揮者は堂々と始めるのですが、チョンさんは肩透かしするかのように穏やかなスタート。しかし、音は深い。言われてみれば、ここは ff ではなく、ただの f なんですよね。チョンさんに力みはないのですけれど、オケは緊張気味。コントラバスとコントラファゴットが、いつになく鳴ってました。

チョンさんの指揮には、とにかく自然体というか、力みがありません。であるからこそ、響きが変化していくのを聴き取ることができます。あと、呼吸が深いですね。

この曲に関して、私たちの世代の聴き手のスタンダードはサヴァリッシュであったり、あの(!)マタチッチだったりするわけですが、ああいう重厚な演奏ではありません。例えて言うと、重厚な石造りの大聖堂に対して、こちらは木造の五重の塔のようなしなやかさ。しかし豊かな均整の美。

もちろんクライマックスは壮麗なものでした。さすがの構築力でした。

ブラームス:交響曲第2番

1番から編成を落として、12型。弦バスも6本。ホルンも満を持して高橋さんが登板。

私としては、今回の2回にわたる全曲演奏のうち、この曲がどう演奏されるのかが一番楽しみでした。この曲は結構難しいですからね。結論を言うと、1番よりも2番の方が、より高みに登ったかと思います。

オーケストラは力みが抜けて、実にしなやかに音楽が流れていきます。聴いていて、「ああ、チョンさんのベートーヴェンもこうだったよな」と記憶が蘇りました。

白眉は第二楽章でした。美しいだけでなく、とても深い音。あの転調のところでも、重くはならないのがすごい。

いやいや、堪能しました。私が実演で聴いたなかでベストかもしれません。「これぞブラームス!」というわけではないのですけれど。

オーケストラについて

首席ホルンの高橋さんが「チョンさんは私にとって音楽の父」と語っておられますが、オーケストラがチョンさんに全面的に心服していることは歴然でした。この点で、ジョナサン・ノットと東響の関係に近いものがあるとも言えますが、実態としてはかなり異なるように思います。東響がノットの即興的な要求に全力で応えていくのに対し、チョンさんは大枠を設定し、かなりオケに任せていたように感じられました。ただし、オケの奏者としては、結果的にはチョンさんのお釈迦様の掌の上で演奏することになっていたようですが。

木管は若手の精鋭の揃い踏みで、オーボエ荒川さん、フルート神田さん、ファゴット廣幡さん。クラリネットのみベテランで万行さん。曲が曲なので、荒川さんが美味しいところを全部持っていった感がありましたね。聴いていて、やっぱり師匠ジョナサン・ケリーに似ているところがあるかな、と。高音がもう少し抜けたら、超一流の仲間入りですね。フルートの神田さんの1番第四楽章のあの大ソロはお見事でした。この人は優れた笛吹きだと思います。1番が終わったあと、立たせてもらえなかったのは不可解でした。ファゴットは終始引き立て役になってしまうのですが、廣幡さんの演奏はお見事。彼女の伸びのある豊かな音があるから、文吉くんのオーボエが映えるわけですよ。クラの万行さんはべヴェさんのような派手さはありませんでしたが、チョンさんの求める音へのアンテナは流石でした。

金管は2番でトップを吹いた高橋さん、出色の演奏。素晴らしい。私として不満を感じたのは1、2番を通じてトランペット。ソロはいいんだけど、小さく木管と合わせるところで合わなかったり遅れたり。頑張ってほしかったですね。

良い演奏会でした。9月の3、4番が楽しみです。このツィクルスが終わって、東フィルに残る音楽的財産がどのように活かされていくのか、期待しましょう。

(ステージの写真は、東フィルさんの twitter からお借りしたものです。)

この記事を書いた人

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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