例年11月3日は徳川記念財団の徳川賞授賞式に参列するのですけれど、今年はコロナ禍で中止。これはかなり前からわかっていたので、3日は広島まで日帰り遠征を敢行しました。
当初、広響のコンサートでのソリストはフィリップ・トーンドゥルの筈でした。フランス人で、このあいだまでゲヴァントハウスの首席奏者を務めていた若き(30歳)大名人です。ところが彼がコロナ禍で来日不能になったため、都響首席の広田さんが代役で吹くことになりました。広田さんのモーツアルト、聴きたいじゃないですか! そこで、広島まで聴きに行くことにしたのです。
あの有名なミシュランの星の数については、次のような定義があるのをご存知でしょうか?
三つ星 そのために旅行する価値がある卓越した料理
二つ星 遠回りしてでも訪れる価値がある素晴らしい料理
一つ星 そのカテゴリーで特に美味しい料理
広田さんの演奏は「三つ星」に値する、ということですね。
「音楽の花束」は広響にとって「名曲コンサート」という位置付け。会場は平和記念公園の中にあるフェニックス・ホール。約1500席のシューボックス型。ステージ上には大きな花束が飾られていました。
さて曲目はというと、モーツアルトの「フィガロの結婚」序曲、そして広田さんをソリストに迎えての、モーツアルトのオーボエ協奏曲。後半はチャイコフスキーの交響曲第4番。指揮は広響育ての親とも言える、秋山和慶先生。
モーツアルト:「フィガロの結婚」序曲
コロナ禍で演奏頻度が増えている曲の一つですね。11月8日の日フィルもこの曲で始まる予定です。(しかも、そのあとに続くのはモーツアルトのファゴット協奏曲という…)
適正なテンポ、適正なバランス。まさに教科書的な端正な演奏でした。もう、見事に秋山先生という…
モーツアルト:オーボエ協奏曲 K314
同じ曲がフルート協奏曲としても存在することはよく知られていますが、面白いのがパリ管の副コンマスである千々岩さんの最近の tweet。
モーツァルトのオーボエ協奏曲、終楽章ロンドはアレグレット表記なのだが、同じ音楽であるフルート協奏曲第二番のロンドはアレグロ。同じパッセージを弾く時にオーボエのほうが時間を要するのだろうか?
ちなみに第二楽章も、オーボエAdagio non troppoに対しフルートはAndante non troppo
フルートの人には申し訳ないのですが、オーボエの方が歌えるからですよね。この日も広田さんが存分に「歌う」演奏でした。
広田さんが日フィルのソロ・オーボエに就任されたのは2000年だったと思うので、もうかれこれ20年、彼の演奏を聴いていることになります。卓越した技巧は言うまでもないのですが、広田さんの特色は、「存在感」であると思います。音だけ聴いても、「ああ、今日は広田さんね」という圧倒的な存在感。かつてのマンフレート・クレーメントや、ローター・コッホ、レイ・スティルがそうでした。
広田さんが凄いのは、師匠の影を感じさせないこと。この点で、例えば茂木さんの音にパッシンの影響が顕著であり、荒さんに宮本文昭さんを感じることがあるのと様相を異にします。広田さんの先生は長らくN響の首席であられた丸山先生とのことですが、音は違いますよね。広田さんは、独自の音なんです。これは相当に凄いこと。
この日のモーツアルトの協奏曲、掛け値無しに素晴らしかったです。好楽家の端くれとして、この曲を結構聴いてきたわけですが、今回が実演でのベストかと思います。(ちなみに今までのベストは、北島さんがドイツから帰国されてすぐの、N響での凱旋公演でした。)
あらためて感じたのは、管楽器の根底には「歌」がなければならないということですね。そして、広田さんの歌心の素晴らしさ。いやいや、感銘を受けました。コロナ規制で大声を出してはならないので、ブラヴォーを叫ぶことができなかったのが残念です。
第3楽章のカデンツァで「おや?」と思ったのは、モーツアルトのクラリネット協奏曲からの引用があったこと。不思議に思っていたのですが、twitter で広田さんが種明かしをしておられました。次回の「音楽の花束」に登場する橋本杏奈さん(K622を演奏予定)へのバトンタッチだったのですね。なるほど。
そうそう、もうひとつ特筆すべきは、秋山先生の指揮です。緻密、かつ正確な伴奏。広田さんも、大船に乗った気分で吹かれていたのではないかと思いました。
前半が終わった時点で、タクシーを飛ばしてマツダ・スタジアムへ。9回2アウトからの、菊池の劇的な同点ホームランに間に合いました。秋山先生、ごめんなさい。