あまり好きではなかったオーケストラを、あまり高く評価しているわけではなかった指揮者が振る。そんなコンサートには普通であれば足を運ばないわけですが、今回はなぜか「行かねばならない」という直感が働いて購入。結果的には大正解でした。私としては、この曲の実演で接した中でのベストとなりました。
曲目はマーラー畢生の名作、交響曲第9番。指揮はチョン・ミョンフン。会場はオーチャード・ホール。私の席は2階中央5列31番。このホールでのほぼ理想的な座席位置で聴くことができたのは幸いでした。
マーラー:交響曲第9番
チョン・ミョンフンがN響を指揮しての実演で聴いたのはいつだったか。調べてみたら、2008年でした。もう11年も前になるのですね。
あのときはN響の卓越した技量に感心したものの、肝心の音楽には心を動かされなかったことを思い出しました。私としては、外面的で、感傷的に過ぎるように思われたのです。考えてみればチョンさんもあのときは55歳。かなりダイナミックなアクションを伴った指揮でした。
そして今回。この11年の歳月でのチョンさんの成熟と深化には、ただただ感嘆するばかり。
外面的な効果を狙うようなところは影を潜め、楽章を追うごとに音楽はひたすらに内省し、深化していきました。地味というのではありません。音楽そのものは雄弁に響くのです。指揮は最小限の動作にとどまっていて、天に届くかのように指揮棒が振り上げられることは、数度あったかなかったか。
第四楽章。光と闇の対立の中から、光へと浄化されていくという趣きではありませんでした。なんといったらよいのでしょう、黄金の夕陽が沈んでいくような演奏でした。正直、このように人生を閉じることができれば幸せだなと思って、私は聴いておりました。これを東洋的と呼んでよいのかどうか。でも、インバルやバーンスタインとは全く異なる世界がここにはありました。
このようなマーラーの9番を、どこかで聴いたことがあると終演後ずっとひっかかっていたのですが、先ほど思い出しました。若杉弘さんです。とくに第四楽章。私の中では若杉さんとチョンさんは別のカテゴリーに属していたのですが、なんとも不思議なものですね。
チョンさん、今年で66歳ですか。ちょっと早いけど、巨匠領域に到達されましたね。今後、チョンさんが振るマーラーを聴き逃してはならないな、と心に誓いました。
オケについて
今日の編成は管についてはスコア通り。弦は増強されていて、とくにコントラバスは10本。このコントラバスの増強は、とても効果がありました。
東フィル、彼らのベストだったのではないでしょうか。今日の演奏だけを聴けば、都響に比肩する水準でした。N響の茂木さんが言うところの、「巨匠だけが持つ浄化能力」が発揮されていたように思います。そして、とにかくチョンさんの音楽をつくるんだという意欲には並々ならぬものが感じられました。
オーボエは加瀬さん。素晴らしい。ホルンは高橋さん。大健闘。トランペットも、私はお名前を存じ上げないのですが、素晴らしい演奏でした。
あのテオドール・クルレンツィスを聴いたあとだからこそ、これこそが音楽だ!と思いました。心の底から。