考えに考え抜かれた、この上なく精緻なブルックナー: 読売日本交響楽団第585回定期演奏会

欧州系の指揮者は70歳を過ぎてから、俗に言う「大化け」をすることがあります。それまでは地味だったのに、突如として「後光がさして」くるのです。ローター・ツァグロゼク77歳。さてどうなるかという期待を胸に秘めて、サントリー・ホールへ。

さて曲目は、前半が現代音楽で、リームの Ins Offene… 。後半がブルックナーの交響曲第7番でした。コンサート・ミストレスは、立ち姿も艶やかな、日下沙矢子さん。

ブルックナー・オタク期待の演奏会ということで、開演前から独特の空気がありました。「ノヴァーク版ということですが、ほんとですかね? 徹底的に研究してきたので、確かめようと思います。」と仲間に熱弁をふるっているオジさんがおられて、日本のブルックナー愛好家の層の厚さをうかがわせるに十分な感じでありました。

 

リーム: Ins Offene…

強いて訳せば、「開かれた〜へ」となりますか。文法的なことをいえば4格ですので、動きを伴うニュアンスです。開かれているモノ、あるいは場所がどこなのかは聴き手に任せるよ、というのが「…」にこめられた作曲者の意図でしょうか。

この曲は日本初演です。楽器配置が面白くて、ステージの上のオケ本体と、別働隊(「バンダ」と呼びます)が5つ。バンダが5つというのは、かなり珍しい配置です。

ステージ上のオケも3グループに分かれています。向かって左が低音楽器群で、バスクラ、コントラファゴット、チューバ、コントラバス、ハープ。舞台中央が木管楽器群で、フルート、ピッコロ、クラリネット、エス管のクラリネット。右側がチェロ、ビオラ、ホルン、トランペット、トロンボーン。(プログラムの解説に記された楽器配置から変更があったようです。)

ステージ向かい側のP席の左上に、コンミスの日下さん。右上にフォアシュピーラーの伝田さん。正面2階席中央にトランペットとスネアドラム、ヴィヴラフォン。客席2階の右と左に同じくスネアドラム、ヴィヴヴラフォンと、トランペット。これで合計5カ所ですね。オーボエとファゴットはお休みです。こういうのも珍しい。

さて、曲自体は25分くらいのそれなりの長さ。3つのヴィヴラフォンをヴァイオリンの弓で弾くことによってつくりだされる「通奏高音」をベースに他の楽器群が勃興し、噴火していくようなイメージでしょうか。それなりに楽しく聴きました。

面白いなと思ったのは、ヴィヴラフォンをヴァイオリンの弓で弾くと、和楽器の笙のような音がするということ。ハープのパートも、雅楽の琵琶のような感じで、不思議な親しみやすさのある曲でした。

変則配置ですし、オーボエがそもそもいないので、チューニングは無し。演奏後のオケの起立、着席は、本来であればコンマスの位置にいるバスクラリネットが合図するという、なんとも妙な具合になりました(笑)。

 

ブルックナー: 交響曲第7番

私が実演で接した中で最高だったのは、1984年1月18日のオトマール・スィトナー指揮のN響。この日の東京は大雪となり、NHKホールは半分くらいの入り。期せずして残響が豊かになり、伸びやかなブルックナーが響き渡るという結果になりました。この曲のおおらかで牧歌的な美点を最大限に発揮した演奏であったように記憶しています。

昨晩は全く異なる趣きの演奏。これ以上ないというくらいに、精緻なブルックナーでした。

クライマックス以外はフォルテに訴えることなく、とにかく各楽器間のバランスと旋律の受け渡しをミリ単位で調整。木管のソロでも、弦のヴォリュームをぐんと絞って、木管に強奏させません。その結果、木管はいちばん美しく聴こえる音量で吹くことができます。これは口で言うのは簡単だけど、実際に何人の指揮者ができることか… ツァグロゼク、おそるべし。

テンポは速め。「何も足さない、何も引かない」というアプローチなのですが、素晴らしい出来栄え。とくに第二楽章は神がかり的でさえありました。

終演後は拍手とブラヴォーの嵐。そしてスタンディング・オベーション。とりわけブルックナーにはうるさい聴衆から、文句なしの大絶賛でした。オケが引き上げた後、指揮者がステージに呼び出されて拍手を浴びることを、俗に「一般参賀」というのですが、昨晩もそうなりました。

ツァグロゼク、77歳ですか。寿命に恵まれれば、ギュンター・ヴァントのようになるでしょうね。楽しみです。

ただ、私が感じたのは、圧倒的に素晴らしくて立派な演奏だったにもかかわらず、「大きさ」に欠けていたこと。ここまで楽譜に忠実な演奏なのに。私たちがクナッパーツブッシュやクレンペラーあたりに感じる「大きさ」とは一体何なのか、昨夜以来ずっと考えているのですが答えが出ません。

 

オケについて

コンサートミストレスの日下さん、別格ですね。すごいです。

ブルックナーでのワーグナー・チューバ隊は出色の出来でした。そしてそれに刺激されたか、ホルンの日橋さんが鬼気迫る素晴らしさ。彼は、いま日本でいちばん上手なホルン奏者なのではないでしょうか。

木管はフルートがドブリノフ、クラが金子さん、ファゴットは吉田さん。素晴らしい。オーボエだけ、ちょっと残念でした。

 

そして、ブルックナー・トイレ

ブルックナーの演奏会は男性が8割以上。しかも平均年齢が高いため、休憩時間のトイレに長蛇の列ができます。これを「ブルックナー・トイレ」というのですが(笑)、昨晩はとくにすごかったです。あんなに長いトイレの列をはじめて見ました。

 

この記事を書いた人

元永 徹司

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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