ミュシャのスラヴ叙事詩を想起させた「わが祖国」:東京フィルハーモニー交響楽団第966回サントリーホール定期演奏会

「プラハの春」をご存知ですよね。1968年、旧ソ連の戦車がチェコスロヴァキアを侵略し、首都プラハに迫ったとき、国営放送は朝から晩まで「わが祖国」の第二曲である「ヴルタヴァ」(「モルダウ」はドイツ語)を流し、ソ連に対しての抵抗を示しました。

ロシアがウクライナに攻め込んでいるこのタイミングで、ロシア人の指揮者にこの曲を指揮させるという企画は、ヨーロッパでは成立しないのではないでしょうか。ある意味、日本は平和です。あ、私は指揮者を交代させろと言っている訳ではないですよ。なんとも複雑な気持ちでこの曲に耳を傾けた、と言いたいだけです。

客席にはロシアの駐日大使であるガルージンさんも来てました。屈強な若者(スーツ姿ですが)がぴったりついていましたが、あれは不測の事態に備えてのボディガードなのでしょうね。

指揮者は東フィルの特別客演指揮者である、ミハイル・プレトニョフ。かつて白皙の美青年であった彼も、さすがに歳をとりましたね。(と言いつつ確認したら、私より3歳上なだけでした。お互い様か…)

今宵の曲目をあらためてご紹介すると、スメタナの交響詩「わが祖国」の全曲。コロナ禍で今までに3回流れてしまい、今宵が「四度目の正直」なのだそうです。プレトニョフにしてみれば、どうしても演奏したい曲、ということなのでしょう。

スメタナ:わが祖国

私にとってこの曲の基準となっているのはラファエル・クーベリック指揮によるバイエルン放送交響楽団による録音と、同じくクーベリック指揮のチェコフィル来日公演のライブ録音。いずれも万感迫る演奏なのですが、今宵の演奏は、それとは全く様相の異なるものとなりました。

「野蛮」という訳ではないのですが、叙情的な色彩は希薄で、なんというか「春の祭典」のような原始性を感じさせる演奏であったように思います。分厚い金管の響き(ホルン8本!)は、チェコというよりもロシアです。いや、ロシアというよりもスラヴといった方が良いかもしれません。私はアルフォンス・ミュシャの「スラヴ叙事詩」を思い出しつつ聴きました。

異質ではあるけれど、首尾一貫していている解釈。要は、際立って個性的と言うべきかと。私、これはこれで良いのではと思いました。

アンコールはバッハの「アリア」。プレトニョフはウクライナでの犠牲者(ウクライナ人も、ロシア人も)への追悼として、この曲を選んだように思います。客席のガルージンはどんな気持ちで聴いたのかな…

オケについて

編成は12型、ただしコントラバスは7本。管楽器はホルンのみ倍管にして、8本。対抗配置で、8本のホルンはステージ中央後方に一列に並んでいました。

木管のトップは敬称略で、フルート斉藤、オーボエ佐竹、クラリネット趙、ファゴット廣幡。フルート2番の下払さんも含めて、綺麗なアンサンブルでした。

金管陣は思い切り吹いた、という感じだったのではないでしょうか。お見事。特にホルンの高橋さん、素晴らしい。

良い演奏会でしたが、冒頭に述べたような事情もあり、なんとも複雑な気分でサントリーホールを後にしました。私の隣の席の男性は、拍手していませんでした。その気持も、わからないではないですよね。

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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