まるで昨日生まれてきたかのような「グレイト」:東京交響楽団第687回定期演奏会

コロナのせいで海外の音楽家の来日がとまった結果は、悪いことばかりではありませんでした。1)従来であれば未だ登場の機会が与えられなかったであろう若手にとってチャンスとなり、2)老大家たちが再評価され、3)ベテラン実力者たちの活動領域が広がった、というあたりはプラスの効果と言えるでしょう。

東京交響楽団の12月定期に登場した鈴木雅明さんは、2)と3)の間くらいに位置する方。バッハ・コレギウム・ジャパンの創設者として、日本人で初めてバッハのカンタータの全曲録音を完成させ、その名は世界で轟いています。が、いわゆるモダン・オケへの登場は、まだまだ限定されたものでした。(とはいえ、一昨年の読響定期は素晴らしい出来栄えでありましたが。)

さて、その鈴木マエストロ。N響の11月の定期演奏会(計6夜)を全て振られたのですが、これが大絶賛。そして今回の東響への登壇となりました。曲目はモーツアルトのピアノ協奏曲第21番(ピアノは児玉桃さん)、そしてシューベルトの交響曲第8番「グレイト」。これは聴き逃すことのできないプログラムです。

モーツアルト:ピアノ協奏曲第21番

前後の20番、23番あたりと比べるとあっけらかんと明るい趣きで、そんなに頻繁に演奏されるわけではありませんが、私はこの曲、好きです。優雅に演奏してもとても美しい(アシュケナージの弾き振りの名盤があります)し、ロココ風でも楽しめる(セル/カサドシュによる天下の名盤)のですけれど、今回の演奏は精気に満ちた、溌剌としたものでした。

児玉さんのピアノ、素敵でした。今まであまり聴いてはこなかったのですけれど。

シューベルト:交響曲第8番「グレイト」

才気煥発、弾けるような「グレイト」でした。この曲を書いたときのシューベルトは、28~29歳であったことを思い起こさせます。(彼は31歳で亡くなったので、晩年といえば晩年なのですが。)

ピリオド奏法にこだわったというわけではなかったように思います。そっちの代表格であるロジャー・ノリントンの演奏より、もっと自由で、溌剌とした演奏。ところによっては、「春の祭典」を彷彿させる箇所もありました。若いシューベルトが歌い、陽気に友と集い、笑い合う情景が目に浮かぶ箇所も。

かといって、「やりたい放題」というわけではないんです。そこはバッハを究めた蓄積があるので、すごく説得力をもって我々に迫ってきます。近いタイプというとインマゼールかと思いますが、しかし私はこういう「グレイト」は初めて聴きました。そして、とても感心しました。これだったら、晩年のベームがやっていたように、未完成と組み合わせるプログラムで聴いてみたかったですね。無い物ねだりですけれど。

オケについて

東響の木管のアンサンブルはとても緻密。曲が曲ですので、オーボエの荒さんの名技が際立っておりました。ヌヴーさんのクラリネットも素晴らしい。ファゴットは福井さん。(福士さんは都響にトラで出ておられたとのこと。)ホルン(上間さん?)もブラヴォーでした。

コンマスは水谷さん。実に素晴らしい。この人あっての、東響という感じでした。

本当に素晴らしい演奏会であったのですが、聴衆は7割くらいの入り。なんともったいない。と同時に、ちょっと心配になりますね。

この記事を書いた人

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して15周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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