巨匠の至芸にため息:読売日本交響楽団第625回名曲シリーズ

いま独墺系のベートーヴェン弾きとなると、ルドルフ・ブッフビンダーか、あるいはゲルハルト・オピッツか。さらに「ヴィーンの」という条件を加えると、残るのはブッフビンダーただ一人。その彼の演奏は、「さすが巨匠」と聴き手を唸らせるものでした。

最近、好調な読響。先週末の名曲コンサートは重量級のプログラム。前半はベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。ソリストは巨匠、ルドルフ・ブッフビンダー。後半はマーラーの交響曲第5番。指揮はもちろん常任指揮者、セヴァスティアン・ヴァイグレ。満員御礼、売り切れのコンサート。

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番

冒頭、くすんだような、セピア色のピアノの音色にびっくり。「え? 今日はベーゼンドルファーなの?」を思わされましたが、もちろんピアノはいつものスタインウェイです。出だしから巨匠の至芸。

この日の私の席はRAの3列。ブッフビンダーがヴァイグレを見上げる延長線上に私が座っている位置関係なので、指揮者とソリストの表情が手に取るようにわかります。

旋律を心から慈しむように弾いていくブッフビンダー。ときおり、歌っているように口が動きます。細心の注意を払って伴奏するヴァイグレ。息を飲むような瞬間が続いていきます。ピアノが休符のとき、ブッフビンダーはオケを見つめて、そして表情で彼が望むニュアンスを伝えていました。 オーボエの金子さんの美しいソロに満足の表情を浮かべるブッフビンダー。とても濃密な時間。

素晴らしい演奏でした。もちろんブラヴォーの嵐。

私は「ヴィーンのベートーヴェン」がどんなものであるかを十全に語る素養を持ちませんが、この日の演奏が最上のものの一つであったことは断言できます。ブッフビンダー、73歳。もう少しの間、私たちがこの高い境地に接することができるであろうことを、幸せに思いました。

 

マーラー:交響曲第5番

奇をてらうことのない、素直な良い演奏であったように私には思われました。ところが、SNS上には酷評が上がっていて驚きました。中には、「この

オケはポテンシャルを発揮しないと決めたら、絶対に発揮しない」というようなものまであって、それはさすがにどうかなと思います。

確かにホルンとトランペットに傷はありましたが、音楽の本質に関わるようなものではありませんでしたし、チェロもヴィオラもよく鳴ってましたし。

ただ、一つ言えることは、昨今流行りの整形美人的な演奏ではなかった、ということです。そういう向きを期待される方にとっては、期待はずれであったのかもしれません。

この日の演奏は、オペラ指揮者が振るマーラー、という趣きのものでした。マーラー自身がオペラ指揮者であったことを、私はこの日の演奏を聴いて思い出していたのですけれどね。

 

オケについて

新しいオーボエの金子さん、とても素晴らしいです。あんなに真剣にオーボエに合わせているドブリノフ(フルート首席)の姿を初めて見ました(笑)。同じく新加入のトロンボーン首席の青木さんも、ストレートな良い音。マーラーの3番が楽しみですね。私には、オケは健闘していたと聴こえました。

この記事を書いた人

元永 徹司

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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