Triumph für Schumann (シューマンのための勝利)! : 東京都交響楽団第868回定期演奏会

東京の音楽愛好家の間で、「なにはともあれ聴くべき」という評価が高まっている、アラン・タケシ・ギルバート指揮の都響。 急に寒くなった月曜日の夜、コートの襟を立ててサントリーホールへ。

曲目は前半がメンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」とシューマンの交響曲第1番「春」。 後半はストラヴィンスキーの「春の祭典」

メンデルスゾーン: フィンガルの洞窟

私がはじめて都響を聴いたのはこの曲です。指揮はモーシェ・アツモン。調べてみたら1980年3月15日でした。東京文化会館の3階席からの景色と、アツモンのバトンが流麗な弧を描いていた記憶が蘇ってきました。アツモンはメンデルスゾーンが得意でしたからね。

38年ぶりに都響で聴くこの曲。演奏精度が格段に向上しているのはもちろんですが、タケシの指揮が素晴らしい。この曲にはこんなに情報量があったのか、と感心しました。ワーグナーが絶賛していたというのも、こういう演奏を聴けば納得できます。

シューマン: 交響曲第1番「春」

超名演。これだけ立派なシューマンに接したのは、ヴォルフガング・サヴァリッシュ以来です。

そもそも、私はシューマンの交響曲とシューベルトの「グレイト」は、超一流の指揮者以外は振ってはいけない曲だと思ってます。

とりわけシューマン。吉田秀和先生は名著「世界の指揮者」のジョージ・セルについての章で、つぎのように述べておられます。

シューマンの指揮者は、いわば、どこかに故障があって、ほうっておけばバランスが失われてしまう自転車に乗って街を行くような、そういう危険をたえず意識し、コントロールしなければならない。あるいは、傾斜している船を、操縦して海を渡る航海士のようなものだといってもよいかもしれない。

そう。だから超一流の指揮者でないとダメなんですよね。

アラン・タケシ・ギルバートの指揮にはじめて接したのは2005年のことでした。北ドイツ放送交響楽団と来日してブラームスのバイオリン協奏曲(ソリストは庄司紗矢香!)と「ドンファン」を聴かせてくれました。このときは庄司紗矢香の神がかり的な演奏の陰に隠れてしまう感がありましたが、ああ、いい指揮者だな、と思いました。

あれから13年。もう圧倒的な存在になりましたね。彼が定期的に都響を降ってくれるのは我々にとって大きな喜びです。8〜90年代、毎年、春にサヴァリッシュの来日を楽しみにしていたように。

「シューマンのための勝利」 シューマンの故郷であるデュッセルドルフでサヴァリッシュ/N響がシューマンの2番を演奏したとき、彼の地の高名な批評家が書いた記事の見出しです。サヴァリッシュも素晴らしく、N響もすばらしかったけれど、そこで示されたのはシューマンの偉大さであったということです。この見出し、タケシ/都響にもそのままあてはまるものでした。

ストラヴィンスキー: 春の祭典

これもたいへん立派な演奏。ファゴット首席の岡本さんのソロはニュアンスに富んだ、すばらしいものでした。ただ、私にとってはシューマンのインパクトのほうが大きかったですね。

 

アラン・タケシ・ギルバート、いま51歳。今後、巨匠への道を歩んでいくことでしょう。私のほうが7歳上なので、彼の熟成を最期まで見届けるのは難しいかなぁ…

 

 

この記事を書いた人

元永 徹司

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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