カーチュン・ウォンの次期首席指揮者就任のニュース。現任のピエタリ・インキネンの任期再延長がなくなった時点で「もしかすると」と予期したけれど、実際に発表されたときは大歓喜でした。5月18日の記者会見後、初の登壇が今回の東京定期。これは期待してしまいますよね。
曲目は前半が伊福部昭の、ピアノと管弦楽のための「トリミカ・オスティナータ」。ピアノ独奏は務川慧悟さん。後半がメインのマーラーの交響曲第4番。ソプラノは三宅理恵さん。サントリー・ホールはほぼ満員の入りでした。
伊福部昭:ピアノと管弦楽のための「トリミカ・オスティナータ」
プログラムの解説によれば、「トリミカ・オスティナータ」とは「執拗に繰り返されるリズム」という意味だそうです。実際、まさにそういう曲でした。ピアノ協奏曲というよりも、オケの一部として、そしてしばしば打楽器としてピアノが演奏するという構成でした。私、はじめて聴きました。
おそらく凡庸な指揮者が振ると、単調な曲になってしまうかと。でもそこはカーチュンで、面白く聴かせてくれました。変拍子の箇所も、実に明快な指揮。驚くべきことに、こんなマイナーな曲であるにもかかわらず、カーチュンは暗譜でした。まさか、もう一つの常任ポストであるニュルンベルグ管でやるなんてことはないですよね?
ピアノの務川さん、すごかった。暗譜ではなく楽譜を置いていましたけれど、没入してガンガン弾いて、お見事。練習の際にピアノの弦が切れたそうですが、さもありなん。このように書くと爆演型のピアニストであると思われるかもしれませんが、非常に理知的な演奏なのです。計算された狂気とも言うべきか。この人、注目ですね。
マーラー:交響曲第4番
カーチュンは国際マーラー協会から、マーラーメダルを授与されています。このメダルの受賞者は指揮者に限られないどころか団体までもが対象で、例えばヴィーン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管あたりも当然の如く受賞しています。対象は毎年一人ないし一団体。指揮者で受賞した顔ぶれは錚々たるもので、クーベリック、ハイティンク、ノイマン、アバド、ジュリーニ、コンドラシン… もしかするとカーチュンはアジア人としては初の受賞者かもしれません。
さて、そんなカーチュンが振った4番。とにかくスコアの読み込みが尋常でないことは聴いているだけでわかります。逆に言えば、他の指揮者は何を読み取っているのか… 第一楽章の入りは比較的ゆっくり。でもその後はテンポを自在に収縮させます。しかし、あざとい感じは皆無で、むしろそのテンポの揺らぎが必然であるように感じられるのです。そう、あのフルトヴェングラーのグレイトのように。
非常に濃密な時間が経過し、第四楽章に差しかかったとき、不安を感じたのは私だけではないでしょう。ここまで深まった世界に、ソプラノの三宅さんは入ってこれるのか、そしてついて来れるのか。
結果として、それは杞憂でした。三宅さんの頑張りももちろんですが、カーチュンのサポートに負うところは大きかったと思います。三宅さんは決して声量に恵まれている方ではないとお見受けしましたが、しかし歌詞はきちんと聴えます。ほとんどの場合、この曲ではオケが歌に被さってしまうわけですが、そこをコントロールしつつ、第3楽章までのスケール感を落とさないというのは、これは神業と言っても良いのではないでしょうか。やっぱりすごい指揮者です。
最後も、カーチュンが脱力するまで、ホールを静寂が支配しました。カーチュン、恐るべし。
オケについて
コンマスは田野倉さん、サイドは千葉さん。木管のトップはいつものように(敬称略で)フルート(真鍋)、オーボエ(杉原)、クラリネット(伊藤)、ファゴット(鈴木)、コントラファゴット(田吉)。杉原さんのソロは本当に素晴らしく、私はスタンディング・オベーション。ホルンの信末さんも、「よくぞここまで!」という出来栄え。ペットのクリストフォリさんも、Bravo でした。
千葉さん、三宅さん、カーチュン、ピアノの務川さん、田野倉さん。写真から充実感が伝わってきますね。
カーチュンの任期は5年とのこと。日フィルは定期演奏会では首席が固定されるので、今日のメンバーで5年過ごすことになります。日フィルがどこまで高みに登るのか、支援者の一人として楽しみでなりません。
素晴らしいコンサートでした。ありがとうございました。