天衣無縫なラフマニノフと、重心の低いチャイコフスキー:読売日本交響楽団 第638回名曲シリーズ

いま日本で最も集客力のあるピアニストといえば、藤田真央さんでしょうね。チャイコフスキーコンクールで2位になって一気に知名度が上がり、いまやたいへんな人気で、この日(1月14日)も完売でした。いつになく女性客が多くて、休憩時間には珍しくも女性トイレの前の列が伸びておりました。「ブルックナー・トイレ」ならぬ、「真央トイレ」ですね。

この日の曲目は、前半がラフマニノフのピアノ協奏曲第3番。ソリストはもちろん藤田真央さん。後半はチャイコフスキーの交響曲第4番。指揮は先だって素晴らしいブルックナーを披露してくれた、常任指揮者のセバスティアン・ヴァイグレ。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

ネットでの下馬評で、「真央くんがいよいよラフマニノフにチャレンジ」というのがありましたが、何言ってるんだか。2018年の11月にカーチュン・ウォンの指揮で演奏しています(オケは読響)。このとき私は初動が遅れてチケットを取れず、涙を呑みました。

私、この曲が好きなのですが、全曲通して好きだというわけではなく、魅かれるのは冒頭部。こう感じるのは私だけではないようで、あのエレーヌ・グリモーも、3番は冒頭部で全てを語ってしまうと言っていましたっけ。(だから私は弾かないの、と続くのがいかにもグリモーですけれど。)

さて、真央くんの演奏はどうであったかというと、「天衣無縫」という言葉がふさわしいかと。実にしなやかに、伸び伸びと、まるで子供が遊んでいるような。しかし繰り出されるのは超絶技巧。これは天才ですね。人気が出るわけです。

こういうアプローチがこの曲にふさわしいかというと、それはまた別の話かと思います。私はロシア・ピアニズムの王道を行く、シューラ・チェルカスキーの演奏を好みます。指揮はユーリー・テミルカーノフ。まあ、好みの問題ですけれど。

嬉しい驚きだったのは、セバスティアン・ヴァイグレの伴奏指揮がとても素晴らしかったこと。真央くんが自由に弾くので大変だったとは思うのですが、楽しげに「伴走」してました。考えてみれば、オペラ指揮者ですものね。付けるのはうまい道理です。

真央くん、現時点での彼も素晴らしいのですが、これからどうなるのかとても興味があります。どのように齢を重ねていくのか。

あ、アンコールはありませんでした。

チャイコフスキー:交響曲第4番

これが素晴らしかった。ヴァイグレ、大器であると思います。

ドイツの指揮者が振るチャイコフスキー4番といえば、晩年のカール・ベームがロンドン響と遺した演奏があります。あれはキリル文字を無理やりドイツ語風に読んだようなゴツゴツしたものでしたが、ヴァイグレはもちろんそんなことはありません。ただ、やはり重心は低めです。ヴィオラ、チェロを強調。読響がまた、このあたりのセクションが強いので、非常に安定感ある響きが生まれます。

そして、強弱のコントロール。ふっと落として、柔らかいピアニシモをつくるのが巧みです。これが本当に効果的でした。

テンポは普通で、奇を衒うようなところは微塵もなく、音楽が進んでいきます。さすが一流のホルン奏者であっただけのことはあり、管楽器のソロの際には奏者を尊重。そして、その楽器の良い音が出る音量バランスに気をつけていたように思います。これは実はなかなかできないことです。

オーケストラも一糸乱れぬ堅牢なアンサンブルで応えて、すばらしい演奏となりました。

オーケストラについて

コンマスは長原さん。セカンドのトップは瀧村さん。チェロのトップは知らない若い人。とても上手い。木管は敬称略で、ドブリノフ~蠣崎~藤井~吉田。蠣崎さん、ブラヴォー。吉田さんのソロは素晴らしいの一言。ホルンのトップは日橋さん。さすがの出来栄え。この前日の都響も凄かったけど、読響も引けを取りませんね。

この日は真央くん目当てのお客さんがけっこうおられたようで、前半が終わった時点で帰られる方々がチラホラと。なんともったいない。

ことし2度目の演奏会でした。素晴らしい演奏に感謝。

この記事を書いた人

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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