新しいオーケストラの誕生に立ち会った夜:ジャパン・ジェネラル・オーケストラ旗揚げ公演

今年最後の宵待月の晩、多くの楽友がティーレマン/SKBに向かうなか、私は紀尾井ホールへ。お目当ては、いままで実演で聴いたことがなかったピアソラの「ブエノスアイレスの四季」。そしてこの演奏会は、新しいオーケストラの旗揚げ公演でもありました。

いま首都圏にいくつオーケストラがあるのかというと、おそらく常設が9つ。矢部さんの「晴れオケ」、紀尾井室内管弦楽団のようなアドホックなものと、反田さんや三浦さんの個人オケ的なものも加えると合計13? 今回誕生したジャパン・ジェネラル・オーケストラ(「ジェネオケ」と略すのだそうです。)もアドホック的なもの。中心になっているのは広響のコンマスだった佐久間さん。メンバーを見渡すと皆さん若い。若手の俊英のアンサンブルと言えるでしょうか。

記念すべき旗揚げ公演、結論から言うと、大成功であったと思います。そして、これは企画の勝利でもありました。

曲目は前半にコレッリの合奏協奏曲第4番と8番。そしてヴィヴァルディの四季。ソリストは神尾真由子さん。後半にピアソラの「ブエノスアイレスの四季」。今回は管楽器陣はお休み。

コレッリ:合奏協奏曲第4番、8番

このあとのヴィヴァルディもそうなんですけど、私はこの時代の楽曲をピリオド楽器ではなく、モダン楽器でバリバリ弾く演奏が好きです。佐久間さんをリーダーとするヴァイオリン群は優れた技巧でキビキビと疾走し、お見事。こういうのが合奏「協奏曲」ですよね。

ただ、なんといっても旗揚げ公演という緊張感からか、第4番ではチェロが固くて、リズムが硬直したように聴こえてしまったのが残念。こうなるとヴィオラもコントラバスも動けず、イキイキと弾いているヴァイオリンとの落差が生じてちょっと違和感がありました。

有名な第8番ではリカバリーできていて、時節柄、この曲を楽しむことができました。第一楽章、私はベツレヘムの夜空を感じたのですが、この辺りの情緒感、素晴らしい。そのあとも祝祭的な気分が迸る感があり、よかったです。

途中で奏者にトナカイのカチューシャやサンタクロースの赤帽を被せる演出があったのですが、これは余計だったと思います。コレッリが描写している天使の登場からキリストの降誕までの情景と、サンタクロースは無関係ですから。

ヴィヴァルディ:四季

ここでソリストの神尾さんが登場。純白の衣装は、美神、アフロディーテのよう。

この曲、昔はイ・ムジチ合奏団に代表される穏やかな演奏が主流だったけれど、1998年にライナー・クスマウルのベルリン・バロック・ゾリステンの録音が登場して様相が一変。私は言うまでもなく後者を愛聴しています。

神尾さん、凄かったです。技巧の冴えは当然として、表現意欲が半端ではありません。音がきたなくなることなど構わず、この曲が実は内包している狂気的な部分を顕わにするという演奏。佐久間コンマスが率いるオケに客演したソリストという位置付けではなくて、神尾さんが全てを支配し、全員を引っ張るという趣きがありました。凄い、凄すぎる。

ピアソラ:ブエノスアイレスの四季

神尾さん、深みのあるピンクの両肩出しのタイトな衣装。ブエノスアイレスということで、エヴィータを連想しました。

この演奏はヴィヴァルディよりもさらに凄くて、私はただただ圧倒されました。この曲に対しての神尾さんの共感度が、ピアソラとの一体感というところにまで高まっていて、異様なまでの説得力。

この曲には、タンゴのダンスのように、独奏ヴァイオリンがチェロその他の楽器を挑発するような場面があるのですが、とくにチェロ(奥泉さん?)はしっかり受けとめていてお見事でした。まあ、欲を言えば挑発し返すところまで行ければ素晴らしかったのですが、神尾さんに押されちゃいましたね。コントラバスの谷口さんも存在感がありました。

聴衆のみならず、オケのメンバーも、ホールにいたすべての人が神尾さんに圧倒されて、気がつけば曲が終わっていました。

これだけ弾きまくって、アンコールにパガニー二のカプリス5番って…  チャイコフスキーコンクール第1位というのは、やはり異次元の存在なんですね。 Brava !

私はいままで何度も協奏曲のソリストとしての神尾さんを聴いていますが、こんなに凄い人であったとは… まだ36歳ですからね。庄司沙矢香さんよりも3歳も若いというのは意外でした。これからは彼女をフォローしないといけないなと痛感した次第です。

企画の勝利

このコンサートは企画の勝利でもあったと思います。プログラムにプロデューサーである結月さんが熱い思いを書いておられますが、神尾さんに2つの四季を弾いてもらうという、とんでもない発想と、それを実現させた企画力、そして実行力は素晴らしい。この方にも Brava ! ですね。

これだけの企画力をお持ちの結月さんに敢えて求めることがあるとすれば、このオケのネーミングでしょうか。もうちょっとピリッとした名前にしたほうが良いのでは、と思うのですけれど…

凄い演奏会でした。宵待月を見上げながら、家路につきました。

注:文字通り紅一点の写真は、KAJIMOTOのtwitterから拝借しました。

 

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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