第三章第二節 「継ぐ人」を特別扱いしなければならない理由

第三章では「継ぐ人」が「他人の飯を食う」経験を踏まえて、継ぐべき会社に入社してから、社長の座を受け継いで「譲る人」との並走期間に入るまでの期間を扱います。実際にどれくらいの時間になるかというと、親子の年齢差にもよりますが、だいたい10年から15年くらいになるでしょう。そう、そんなに長い時間ではないのです。この時間をどれだけ有効に使うかによって、事業承継の成否が決すると言っても言い過ぎではありません。(なお、並走期間については第四章で取り上げる予定です。)

 

以下では、まず「継ぐ人」がこの限られた時間の中で何を身に付けなければならないのかを整理します。そうすると、何をしなければならないかが、浮かび上がってくるはずです。

第二節 「継ぐ人」を「特別扱い」しなければならない理由

後継者を会社に入れる際に、「息子だからといって、特別扱いはしません」と胸をはる経営者は少なくありません。それをまたマスコミがあたかも美談であるかのように報じるのですが、これはとんでもない間違いです。特別扱いしなければ、後継者を育てることはできません。

なぜ特別扱いしなければならないのでしょうか。それは、限られた時間の中で「継ぐ人」が身に付けなければならないことが多岐に亘り、特別なプログラムを組まない限り習得することが困難であるからです。

「継ぐ人」が身に付けるべきこと

欲をいえばキリがないのですが、これくらいは必要だと思われることをまとめてみましょう。

なお、私は「譲る人」と「継ぐ人」の並走期間を終えてはじめて事業承継が完了すると考えていますので、「ここでリストアップしたことを身につければ事業承継は安泰だ」という訳ではありません。あくまでも並走期間に入るためのリストであるとお考えください。

1)「儲かる仕組み」を理解する

2)社員から後継者として認められる

3)理念を血肉化する

4)経営の基礎知識を得る

5)人脈を承継する

6)自分がやりたい事を練り上げる

いかがでしょうか。以下、順を追ってもう少し詳しくご説明しましょう。

1)「儲かる仕組み」を理解する

これから継ぐ事業の、川上から川下までの流れを追って、どこで、どうやって儲けることができているのかを把握するとともに、どこが「キモ」なのか、またどこにボトルネックがあるのかを理解しなければなりません。これは机上で分析するだけではダメで、「キモ」である部分については業務を実体験して肌感覚を得る必要があります。

2)社員から後継者として認められる

会社に入ってきた時点では、社員の目から見れば後継者「候補」に過ぎないと自覚すべきです。後継者となり事業を承継するためには、2つの点について、認められなければなりません。

まずは「経営者としての力量」。この点については、継いでみないとわからないというのが正直なところですが、少なくとも「大丈夫そうだ」と思ってもらう必要は絶対にあります。このためには社内で成功実績を積み上げていかなければなりません。この意味で、「継ぐ人」にどのようなポストを経験させていくかを周到に計画することは、決定的に重要です。

もうひとつは「熱意」。あるいは「使命感」と言い換えてもよいかもしれません。社員に等しく認められるくらいに強い気持があれば、後継者として受け入れてもらうためのハードルは下がります。もちろん、その熱意を周囲に伝播させることができる力も望まれるところです。独りよがりでは困りますから。

「継ぐ人」がいわゆる「お婿さん」の場合、実の息子、娘の場合よりもハードルは高くなります。それは社員からの妬みという要素が加わるからです。このため、承継のためのプログラムを、より慎重に設計しなければなりません。

3)理念を血肉化する

ファミリービジネスの場合、理念の承継者として認められることが、後継者「候補」としての正統性を裏打ちすることになります。このため、「譲る人」から直接的にも間接的にも、理念とその背景となっている思想を学び、自らのものとする必要があります。のちに自分の色を出す場合でも、そのベースがしっかりしていれば説得力が増します。

4)経営の基礎知識を得る

経営学を軽視する向きは多いかと思いますが、ざっくりとMBAレベルの知識を習得することは明らかに役に立ちます。決して損にはなりません。(「箔付け」目当てではダメですよ。)社会人MBAのコース等に通うことは有意義であると私は考えていますし、実際におすすめしています。

5)人脈を承継する

世の中ではこれが過大評価されているように思います。かつての護送船団方式で成り立っていた業界では非常に重要だったのかもしれませんが。とはいえ、不必要に敵を作らないという意味で、人脈の承継が大切であることは確かです。必要な人に、適切なタイミングを見計らって「譲る人」がつないでいくということになるので、ここでも計画性と時間が必要です。

6)自分がやりたい事を練る

事業を「承継する」ことが全てとなってしまっては本末転倒。承継した事業を発展させることこそが「継ぐ人」の使命です。東大に合格することだけが目標で、受かった後に目標を喪失して五月病になる学生のようでは困ります。

何をすべきかを社長になってから考えるのでは遅過ぎます。継ぐまでの時間と経験を使って、自分が継いだら何をしたいのか、練り上げて承継に臨むべきです。もちろんそれは、バトンタッチを受けると同時にやりたいことを全てやる、という意味ではありません。そこには状況判断に際しての賢明さが求められることは言うまでもありません。

 

ここにリストアップした事柄を10年から15年の間にこなすのですから、「継ぐ人」を特別扱いすることがいかに大事であるか、ご理解いただけたかと思います。社員の目を気にすることなく、堂々と特別扱いするのが「譲る人」の仕事です。社員だって、入社してきた後継者候補が放置されているのを見れば、かえって不安になるでしょう。

 

次回からは、「特別扱い」の中身についてご説明します。「継ぐ人」の社内でのキャリアパスをどのように設計するべきか、事例をご案内しながら論じることといたします。もちろん、業種や社歴によって差はありますが、押さえるべきポイントは共通していると私は考えています。お楽しみに。

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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