指揮者の仕事って?:東京交響楽団第167回名曲全集

初夏と表現するにふさわしい陽気を感じながら、土曜日の午後、ミューザ川崎へ。駅周辺はかなりな賑わい。でも皆さんちゃんとマスクをしていて、大騒ぎする人もいない。各人、個人レベルではやれることをやっていて、それは大したものだと思います。なので、鉛筆を削るのに斧を用いるような杜撰な感染症対策への不満が募るのですよね。あこの話題を続けると「指揮者」ではなく「指導者とは何だろうか」になってしまいますので、ミューザ川崎へ戻りましょう。

本来であればこの日の演奏会は、音楽監督であるジョナサン・ノットが指揮し、ピアノは名手エマールが弾く筈でした。しかし、ノットの来日が遅れ、エマールに至っては来日できなくなったため、指揮者、ソリストともに変更に。指揮は大植さん、ピアノは期待の若手、北村朋幹さん。曲目はそのまま据え置き。これが演奏会の前半と後半で明暗を分ける結果となりました。

曲目は前半が武満徹の「鳥は星形の庭に降りる」とバルトークのピアノ協奏曲第1番。後半はブラームスの交響曲第2番。個人的に好きな曲が並んだ演奏会。

武満徹:「鳥は星形の庭に降りる」

私の好みとしては、違和感のある演奏でした。もっと繊細な曲であると思うのですが。異なる解釈があることはもちろん認めますが、正直申し上げて居心地の悪い10数分でした。

バルトーク:ピアノ協奏曲第1番

まず目を引いたのが楽器配置。ステージ上手の一番奥にティンパニ、その前にスネアドラム。こうすると、ピアノのソリストと打楽器奏者たちが、ヴィオラの頭越しに真正面から向かい合うことになります。これはたいへん珍しい配置。そしてグランドピアノの蓋も外されています。なんでまたこんなことを?と思ったのですが、演奏が始まってすぐに、この疑問は氷解しました。

この曲は演奏者にとっては難曲で、おいそれと代演できるような代物ではありません。代演を引き受けた北村さんのチャレンジ精神は素晴らしいと思います。暗譜ではなく、譜めくりの助手が待機することになりましたが、それは致し方ないこと。短かったであろう準備期間の中で、よくぞここまで。立派でした。

大問題だったのは、指揮者です。

この曲は指揮者にとっても難曲。変拍子が連続する部分があり、きちんと振り分けるにはかなりの運動神経が必要となるでしょう。しかし、機敏に交通整理することが指揮者の仕事かというと、それは違いますよね。指揮者の仕事は音楽をつくること。そういう意味で、ピアノと打楽器の合わせを棒に頼ることをせず、打楽器奏者とピアニストが互いに見えるように配置したというのは指揮者の見識と言えると思います。ピアノの蓋を外したのも、視界を遮るからでしょう。ここまではいいんです。ひどかったのはバランス。

今回のような特殊な配置をする以上、音のバランスを調整しなければなりません。それは各奏者にできることではなく、まさに指揮者の仕事です。私の席は2階中央やや上手よりだったのですが、バルトークの冒頭部、明らかにバランスが滅茶苦茶で驚愕しました。あんなにパーカッションを叩かせては、ピアノが聞こえません。非常に大切な導入部に於いてこれでは、指揮者の仕事をしているとは言えないと私は思います。ピアニストは本当に奮闘していたので、気の毒としか言いようがありません。

管楽器奏者の方々も、大変だったと思います。私から見て、指揮者が遅れているように感じられたところもありました。皆さん、すごい集中力でピアノにつけていましたし、ピアノの北村さんも合わせに行っていたように思います。

終演後、大拍手。私も北村さんとオーケストラに大拍手。

ブラームス:交響曲第2番

この曲はオーケストラは良く知っていて、東響であれば指揮者なしでも大丈夫でしょう。したがって、大植さんは味付けに専念していればよく、結果として良い演奏になりました。

第1楽章が始まってすぐに気がついたのですが、この解釈は大植さんの師匠であるバーンスタインがヴィーン・フィルと遺した演奏にそっくりです。テンポといい、表情の付け方といい。そのまま続いていって、第4楽章の煽りは、大植さん独自のものでしたけれど。バーンスタインが逝ってから31年。でも影響力は大したものですね。

オケについて

コンマスはニキティンさん。オーボエ荒さんはよく歌って素晴らしい。日フィルの佐竹さんが前半はアングレ、後半は2番オーボエで入っていました。前半のソロ、良かったです。ファゴットは福士さん。良い音。いつもながら Bravi ! 

ミューザは7割くらいの入りでした。ひとつ気になったのは、ここの名曲シリーズは終演後の拍手が早すぎること。ここだけは一昔前の感じですね。

この記事を書いた人

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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