指揮者なしの室内オーケストラと言えばオルフェウス室内管弦楽団が著名です。が、矢部達哉さんがリードする「晴れオケ」の演奏水準がすでにオルフェウスを凌駕する水準に達していることは、在京好楽家の間ではもはや共通認識かと。回を重ねるごとに高みに登っていく感のあったベートーヴェン交響曲のツィクルスが、コロナ禍のために第九を残して中断を余儀なくされたのは痛恨でした。その第九の演奏会は11月27日に決まったのは嬉しいニュース。そして今日は本来であれば第九の後にスタートする筈であった試みの、先行スタートでした。
曲目は前半がモーツアルトのドン・ジョバンニ序曲とベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。ソリストは小山実稚恵さん。後半はモーツアルトの交響曲第38番。
モーツアルト:ドン・ジョバンニ序曲
冒頭の和音の決然とした響きにのけぞったかと思うと、そのあとの管の重ねは、ひりひりするような緊張感。そういえばドン・ジョバンニの結末って厳しかったよね、と否応無しに思い出させられました。冒頭の1分足らずで、この情報量。
まさにこの曲は、あのオペラの内容を凝縮して予告するものであることが明らかにされました。今まで、私たちは何を聴いていたんでしょう…
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番
近年のこの曲の名演は、ルドルフ・ブッフビンダー/セヴァスティアン・ヴァイグレ/読響だったかと思います。あのときは巨匠がオケをアイ・コンタクトで導き、インスパイアしつつ長年の蘊奥を披瀝するという趣きでしたけれど、今回はそれとは様相を異にする、しかし負けず劣らず素晴らしい演奏。
おそろしく精緻なアンサンブルでした。オケがソリストに奉仕するとか、ソリストがオケに合わせるとか、そういう次元の話ではなくて、小山さんも晴れオケのメンバーと肩を並べ、ベートーヴェンの意図を探り、明らかにしていくという演奏。その中心には矢部さんが。
どの楽章も素晴らしく新鮮に響いていたのですが、びっくりさせられたのは第3楽章の頭のところ。あそこでチェロが伸ばしているとは、今日まで気がつきませんでした。そして山本さんの音の美しかったこと!思わず息を呑みました。いやいや、凄かったです。
小山さんの演奏は今まで何度も聴かせていただいているのですが、今回がいちばん心に響きました。すごい人ですよね。
モーツアルト:交響曲第38番
奇を衒うところなど微塵もないのに、まるでいま生まれた曲であるかのように新鮮に響くというのは、ほんとうに信じ難いことですよね。なんというレベルの高さでしょうか。
アンサンブルというのは、「音」ではなく「音楽」を合わせるのだということが、目の前で完璧に実現されていくのは、ただただ驚異でした。そして、何よりも美しい。第二楽章は、これ以上に美しい演奏がありえるだろうかと疑うレベルでした。
オーボエの広田さんと矢部さんの目が合って、即座に矢部さんが第一バイオリンの音量を下げ、音色を変えてオーボエを支えるという瞬間がありましたが、もう神業ですよね。凄い。いやいや、「アンサンブルの極北」に接することができて、ちょっと声も出ませんでした。
アンコールはバッハのアリア
万感胸に迫る演奏でした。バッハの音楽って、大きいですよね、としみじみ思いました。
11月27日の第九が楽しみです。考えてみれば、室内オケによる第九って、私は実演で聴いたことがないのです。