南の島の陽光の下で「陰翳礼讃」を読んでみた。

このあいだ上阪徹さんの「10倍早く書ける超スピード文章術」の紹介文を書きました。そのときに再読したのが谷崎潤一郎の「文章讀本」。新潮文庫で買いなおしたら、「陰翳礼讃」との合冊になっていました。

「陰翳礼讃」も中学一年生のときに読んだ筈。でも、まったく内容についての記憶がありません。どうせ再読するのであれば、谷崎がびっくりするような場所で読もうと思い、11月のはじめに宮古島へ持って行き、燦々とふりそそぐ陽光の中で読んでみました。

 

中学二年生になった年に、岩波文庫が星一つ50円から70円に値上げされることになりました。私たちの学校(開成)には旧制高校の遺風ともいうべき教養主義が残っていて、きちんと古典を読まないといけないという風がありました。そこで私たちは学校の帰りに神保町まで遠征し、お小遣いをやりくりしながら岩波文庫を買いこみ、片っ端から読みました。

私の場合、ギリシア、ローマの古典で岩波文庫に収載されているものは、難しくても怯まずに全部読みました。「イーリアス」とか「オデュッセイア」はまだしも、アリストファネスの「女の平和」は男子校の中学二年生にとってはまったくわけがわからなかったことを思い出します。今となっては笑い話ですが。

日本文学は二葉亭四迷からはじめて幸田露伴に進み、そのあと漱石、鴎外と踏み込んでいきました。「こころ」あたりは、字面はわかりましたけれど、内容は謎でした。それでも立ち止まらずに白樺派を通過し、谷崎に到達したのです。教養主義、おそるべしですよね。

「陰翳礼讃」は、こんなころ、こんな勢いで読んだ本の一つです。この次に「痴人の愛」を読みはじめたのですが、流石に理解できずに匙を投げ、谷崎に回帰したのは大学生になってからでした。

で、このたび46年ぶりの再読となりました。

 

「陰翳礼讃」から一文を選べと言われれば、つぎの文章になるでしょう。

 

われわれ東洋人は何でもないところに陰翳を生ぜしめて、美を創造するのである。

 

谷崎がこの本を書いたのは昭和8年です。今から85年前。当時の日本は電化が完成して久しいはずですのに、谷崎は執拗に電灯を攻撃しています。あっけらかんと明るすぎて、陰翳が生まれないからというのがその理由です。

なにしろ「陰翳礼讃」の最後は、こんな文章で締めくくられるのですから。

 

私は、われわれが既に失いつつある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい。文学という殿堂の檐を深くし、壁を暗くし、見え過ぎるものを闇に押し込め、無用の室内装飾を剥ぎ取ってみたい。それも軒並みとは云わない、一軒くらいそう云う家があってもよかろう。まあどういう工合になるか、試しに電燈を消してみることだ。

 

全体を通して「反電灯論」ともいうべき主張で貫かれいるのは滑稽なほどです。 とはいえ、さすが谷崎。私はその美意識の鋭さに感心させられました。

 

「闇」を条件に入れなければ漆器の美しさは考えられないと云っていい。

 

金蒔絵は明るいところで一度にぱっとその全体を見るものではなく、暗いところでいろいろの部分がときどき少しずつ底光りするのを見るように出来ているのであって、豪華絢爛な模様の大半を闇に隠してしまっているのが、云い知れぬ余情を催すのである。

 

これは卓見というべきでしょうね。

 

その一方で、谷崎先生は所々で「いかにも」というご意見を展開されているのも面白いところです。こんなふうに。

 

われわれの先祖は、明るい大地の上下四方を仕切ってまず陰翳の世界を作り、その闇の奥に女人を籠らせて、それをこの世で一番色の白い人間と思い込んでいたのであろう。

 

われわれの祖先は、女と云うものを蒔絵や螺鈿の器と同じく、闇とは切っても切れないものとして、出来るだけ全体を蔭へ沈めてしまうようにし、長い袂や長い裳裾で手足を隈の中に包み、或る一箇所、首だけを際立たせるようにしたのである。なるほど、あの均整を欠いた平べったい胴体は、西洋婦人のそれに比べれば醜いであろう。しかしわれわれは見えないものを考えるには及ばぬ。

 

現代であれば問題になりそうですね…

 

今となってはさすがに電灯を廃絶するわけには行きません。 とすれば、この谷崎の美意識を受け止めるにはどうしたら良いのでしょうか?

ちゃんと答えがありました。

ライトアップの大家、石井幹子さんの「新・陰翳礼讃」です。 こう書かれているのです。

 

各地のさまざまな照明デザインにかかわる中で私が見出したのは、「陰翳」の美しさであった。 これは、光と闇という対比の中で捉える欧米の照明とは違った、光から闇に至る中間領域の中にある、柔らかな「あかり」の存在であった。 この「あかり」は、日本の文化の中で育ってきた独自のものであると、私は考えている。そして、この「あかり」を現在の暮らしの中で生かしてゆくことが必要なのである。

 

石井先生、ありがとうございます。その通りですね。

この記事を書いた人

元永 徹司

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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