今年の9月、京都の清水寺で原田マハさんプロデュースによる、8日間だけの美術展(CONTACT展)がありました。私はそれまで彼女の小説を読んだことがなかったため、とりあえず手に取ったのが『翼をください』。
この小説の主人公のモデルになったのが、アメリカの女流飛行家のアメリア・イアハート。女性として初めての世界一周フライトに挑戦し、最後の最後に南太平洋で消息を絶ったことで知られています。1937年7月のことでした。
原田マハさんの小説は良質なエンタテイメントとしてハッピーエンドで完了するのですが、実際はどうだったのか。巻末の参考文献表に挙げられている本書を読んでみました。
アメリア・イアハートについてちょっと復習しましょう。
彼女は女性初の大西洋単独横断飛行を達成するなど、当時のアメリカでは超有名人でした。数々の記録を打ち立てた彼女が挑んだのが、赤道に沿って世界一周するという大壮挙。1936年にトライするも機体の損傷により挫折。1937年、再度の挑戦が9割方成功する中で、最後にニューギニアのラエからハウランド島に向けての飛行中に消息を絶ち、現在に至るまで行方不明のままです。
“Lost Star”の著者の Randall Brink さんは、ご自身も飛行経験の豊富な、いってみれば「イアハートオタク」。徹底した調査の末に彼がたどり着いた結論はというと、
1)イアハートの挑戦はアメリカ軍から絶大な支援を得ていたが(これは事実)、それは当時日本が信託委任統治領として支配していたマーシャル諸島、とりわけトラック島を空中から撮影するためであった。
2)このためにイアハートの飛行機には極秘裏にカメラが設置されていた。(これも、どうやら事実)
3)イアハートはラエを離陸後、事前に公表されていたルートから大きく北にそれたルートを飛び、トラック島を空撮したが、悪天候のためにミリ島に不時着を余儀なくされた。
4)イアハートとナビゲーターのヌーナンは日本海軍に救助されたが、スパイ容疑で逮捕され、東京へ移送された。
5)その後の彼女の動静は不明である。もしかすると処刑されたかも。
というものです。
さすがにオタクだけあって、1)から3)についてはかなり説得力のある議論を展開しています。ただ、4)以降についてはどうかなあ、というのが率直な感想。
というのは1937年の時点での帝国海軍を取り仕切っていたのは、他ならぬ山本五十六海軍次官。いわゆる親米派の大立者です。それに、イアハートが消息を絶った時点(7月)では、帝国海軍も、南洋諸島の地誌を1月から調査していた水上機母艦「神威(かむい)」を投入し、捜索に協力しているのです。もし仮にイアハートを救出し、彼女のスパイ行為が明らかになったとしても、1937年12月のレディバード事件、そしてパネー号事件の際に躍起になって日米関係の悪化を防いだ山本五十六中将が、彼女を秘密裏に処刑することなど、到底考えられません。
先年のマレーシア航空機の行方不明事件を考えてみましょう。これだけ技術が発達した現代でも、250人近くを乗せた大型機がどこに行ったかわからないわけで、ましてやレーダーすら無かった1937年の話ですからね。どこかに墜落して行方不明であるというのが妥当な結論かと思います。
いつまでたっても、謎は謎、ですよね。