『家業から100年企業へ』を読んで、兄弟経営について考える

先日、日経ビジネスオンラインに横浜中華街の重慶飯店についての記事がアップされました。創業者のご子息お二人が仲良く力を合わせて経営されていて、来年で60周年を迎えるという、「いい話」です。

家訓が「兄弟仲良く」だったので今までやってこれたというお話なのですが、それだけで済むなら世の中は簡単です。もっと深い学びがあるはず、ということで記事のベースとなっている本を 買い込んで読んでみました。

 

この本、あらためてご紹介しますと、

『家業から100年企業へ』 上阪徹著 日経BP社 です。

 

重慶飯店とは

重慶飯店さんはレストランだけでなく、中華街の入り口にあるローズホテル横浜も経営されていて、中華街の雄ともいうべき存在。売上高は公開されていませんが、この本の帯には年商70億円と書いてあります。

来年で創業60周年。聘珍楼をはじめとする中華街の老舗の多くが百年を超える歴史を誇るのに対して比較的新しいのは、創業者が戦後台湾から中華学校の先生として来日し、その後に開業したから。

この本はおそらく60周年記念品として配られるのでしょう。 創業者夫婦の人柄、苦難の歴史といったあたりがコンパクトにまとめられていて、面白く読みました。

兄弟のプロフィール

お兄さんは1959年生まれで、社長を務めておられる李宏通さん。1981年に台湾大学の造船工学科を卒業した後、釜山の造船所で働いていたが、ホテル部門の苦境を救うために重慶飯店に入社。2002年に父である創業者、李海天さんの跡を継いで社長に就任。

弟さんは専務の李宏為さん。1968年生まれですから、お兄さんとは9歳の差がありますね。ニューヨーク大学を卒業後、アメリカの会計事務所勤務を経て1992年に帰国して重慶飯店に入社。以来、ナンバーツーとしてお兄さんを支えてきました。

 

家訓〜「兄弟仲良く」

お兄さんによれば兄弟のマネジメントがうまくいっている最大の理由は、家訓があるから。

これはもう徹底的に言われました。必ず兄弟仲良くしなければならない。兄弟喧嘩をしてはいけない。これが家訓だったんです。私はずっと守っています。弟も守っている。だから、どんなことがあっても仲良くしていられるんです。

このご兄弟はほんとうに仲がよいご様子で、毎年ホノルルマラソンを一緒に完走することをはじめとして、社交面でも同席されることが多いとのこと。

李さんのところは仲が良いねと言われるし、驚かれます。でも、これは意識して仲良くしているわけではなくて、自然なことあんです。父と母に小さいころからずっと言われてきたことだから。

 

兄弟経営には基本原則がある

うらやましい話ですが、冒頭に申し上げましたように、「兄弟仲良く」を守るだけでうまくいくわけではありません。

重慶飯店の兄弟経営がうまく行っているのには、ちゃんと基本原則を押さえているからです。そしてそこに学びがあります。

その基本原則とは
1)兄弟の序列が誰にも明確であること。
2)兄弟の役割分担がはっきりしていること
3)しかし、互いに聖域化しないこと。
です。

順番にご説明いたしましょう。

兄弟の序列が誰にも明確であること

どちらが主で、どちらが従であるのか、社内の誰もがわかるようにはっきりしていなければなりません。

年齢差が9歳ということもあってか、弟の宏為さんは自分が従の立場であることを明確に認識しています。

兄は本当に苦労してきましたから。僕が経験していない苦労をしている。だからこそ兄を支えたいという気持ちは強いです。

アメリカから帰国したのも、お兄さんを支えるためでした。

日本に戻るなら早いほうがいいと思いました。(中略)兄一人では大変だと思っていました。

そして兄弟の関係は、社内でも明確です。

(自分の仕事は)兄からの怒られ役ですね。みんなの前で、朝礼や営業の朝会で叱られる。どうするんだ、甘いんだ、と問い詰められる。こういうことで組織はぴりっと締まるわけです。弟だから受け止められる。それが役割だと思っていました。

兄弟の役割分担がはっきりしていること

基本はお兄さんがマネジメント、弟さんは営業。ただ、弟さんは10年ほど工場を担当していたこともあります。

兄が困っていたからです。なんとかしないといけないと。最初は工場のスタッフと一緒になって商品詰めや、パッケージする仕事から始めました。

要するに、そのときどきにお兄さんが必要としていることを、弟さんが頑張って支えるという構図です。それが弟さんのモチベーションの源泉になるという好循環が出来上がっています。

しかし、互いに聖域化しないこと

お互いの存在を認め合うことはよいのですが、相手の仕事に口を出さないというのは絶対にダメです。互いの領域を聖域化することは甘えを生み、問題の温床となります。最近では林原の例が記憶に新しいですよね。

ではどうするか。社員の前では主従をはっきりさせる一方で、二人の間では率直に言いたいことを言い合うようにしなければなりません。

従の立場である弟さんですが、そこはちゃんと理解されておられるようですね。

腹を割って話すことです。隠し事はしない。何か思うことがあったら、全部ちゃんと話す。それこそ、妻に言えないことだって話す。

お兄さんがつぎのように言われることは、まあ当然かもしれませんが。

嫌なことでも彼には言う。これ違うよ、もっとそれ直さないとダメだよ、これがいい… なんでもちゃんと伝えないといけない。

これがちゃんとできている限りは、兄弟経営は安泰だと言えるでしょうね。

しかし、事業承継では、ひとりに絞る

重慶飯店の兄弟が非凡なのは、これだけうまく行っている兄弟経営を次世代には持ち越さないと決めたことです。 この兄弟には男の子がいない中で、お兄さんの長女を後継者とし、弟さんの娘は会社に入れないと定めたのです。

父(創業者)は早くから心に決めていたようです。長女が学校に上がるとき、横浜ではなく、東京のインターナショナルスクールに入学させろと言ったのは父だったんです。

これからは、もっと視野を広く持たないといけない。父には見えていたんでしょう。

「一族仲良く」という家訓を作ってそれに頼ったりしなかったのは、さすがです(笑)。

この後継者はアメリカ留学後、自分で就職先を探して、いまはシンガポールでスポーツ系ビジネスのスタートアップに関わっているとのこと。

ちゃんと「よその飯」を食べさせているようで、このあたりもぬかりはないですね。ご立派です。(「よその飯」を食べさせることの大切さについては、以前のブログをご参照ください。)

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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