この春のヨーロッパ楽旅からの帰国後、演奏水準が一段上がった感のある日フィル。この秋から首席指揮者ピエタリ・インキネンとともにベートーヴェンの交響曲、ピアノ協奏曲の全曲演奏を開始。先週末の東京定期演奏会がその初回だったのですが、私の妹が倒れたため欠席を余儀なくされました。なので、ツィクルス第2回めの昨日(10月27日)が私にとっての初回。蚤の市? で賑わうカラヤン広場を横切ってサントリー・ホールへ。
曲目は前半がベートーヴェンの交響曲第1番と、ピアノ協奏曲第1番。ソリストはアレクセイ・ヴォロディン。後半はドヴォルザークの交響曲第8番。
ベートーヴェン:交響曲第1番
朝比奈先生が師匠のメッテルから、「この曲は「獅子の爪」だ」と教わったという曲。のちのベートーヴェンの偉大な作品群の萌芽が随所に見られるという意味ですね。朝比奈先生はそのとおり、ずっしりとした音で演奏していましたっけ。
昨日のインキネンの解釈は、なんというか、この曲を書いたころ、アラサーであったベートーヴェンの身の丈に合った感じ。若々しく、伸びやかなベートーヴェン。
出だしの和音。木管とホルンのアンサンブルが素晴らしい。そして、とても良いテンポ! 最近のインキネンの特徴かと思いますが、各声部が良く聴こえます。
思えば彼の演奏を足かけ10年弱聴いているわけですが、このところ進境が著しいのは管楽器の扱い、とりわけ重ね方であるように感じます。昨日の演奏を聴きながら、「こういう1番をどこかで聴いたような…」という内心の声が頭を離れなかったのですが、帰宅して、ハタと思い出しました。ルドルフ・ケンペです。
ケンペの早すぎた晩年(死の4年前の1972年)に録音されたミュンヘンフィルとのベートーヴェンの1番。この感じに近い名演だったのが昨晩かと。
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番
ボンからヴィーンへ出てきた25歳の若きベートーヴェンが、自分の卓越したピアノの技巧を披露するために作曲した曲。初演のピアノはもちろんベートーヴェン。指揮は映画「アマデウス」で有名になったサリエリであったと伝えられています。
ソリストのヴォロディンは卓越した技巧の持ち主。とても華やかな、しかも繊細な演奏でした。
この曲の伴奏、とりわけ木管はデリケートなバランスが求められるのですけれど、素晴らしい演奏でした。インキネン、伴奏も上手いことを示してくれました。これは嬉しい驚き。
ドヴォルザーク:交響曲第8番
この曲の圧倒的な名盤は2つあります。ラファエル・クーベリック/ベルリン・フィルと、ジョージ・セル/クリーヴランド響。
昨日の演奏は、これらのレベルには及ばないまでも、私が今まで接した実演の中ではベストでした。ひとことで言えば、中庸にして繊細な演奏。オケも棒にピタリと付いて行って、素晴らしい。それにしてもインキネン、いつのまにこんな演奏が出来るようになったのか…。
聴いていてちょっと面白かったのが、トロンボーンの扱い。これも、ケンペを想起させるものがありました。ちょっとワーグナー的なニュアンスの付け方。インキネンが来年のバイロイト音楽祭の「指輪」の指揮に抜擢されていることを思い出しました。(ケンペもバイロイトで4年にわたって「指輪」を振っています。)
オケについて
コンマスは新任の田野倉さん。ヴィオラのトップはエキストラで安達真里さん。チェロは菊池さん。木管はフルート真鍋さん、オーボエ杉原さん、クラリネット伊藤さん、ファゴット田吉さん。ホルンは日橋さん、トランペットはクリストフォーリさん。これは日フィルとしてはベストの布陣。(あ、もちろんファゴットの鈴木さんも素晴らしいのですが)
木管はほんとうに素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれました。そして特筆すべきだったのは、ファゴットの田吉さん。彼女の音は豊かな、深みのある音。ベートーヴェンにはぴったりで、実に素晴らしかった。Brava ‼︎ (田吉さんは10月1日の岡山潔さん追悼演奏会の「エロイカ」でもファゴットのトップを吹いていたのですが、あの時もとても良かったのですよね。)
この10年間、私たち在京の好楽家は、フーベル・スダーンの薫陶を受けた東響がジョナサン・ノットの下で飛躍的に成長する姿を見て来ました。昨日の演奏は、今後の日フィルの飛躍を予感させるに十分なものがありました。ラザレフによって鍛えられたアンサンブルが、インキネン自身の成長とともに伸びていくことを、私たちは見守りたいと思います。これからの日フィル、目を(耳を?)離せませんよ!