強く、高く、跳ねろ若鯉!:アンサンブル・パストラーレ旗揚げ公演

「アンサンブル・パストラーレ」とは、若手(アラサー)の名手10人によるアンサンブル。10人の内訳は、弦5部プラス木管五重奏です。なぜ「パストラール」かというと、昨年の5月にこのメンバーのうち、Vnの山本琢也さんと木管五重奏のメンバーを中心とする九重奏でベートーヴェンの「田園」第一楽章をリモート合奏したことに由来するのかと想像します。(ご本人たちに確認はしていないのですが。)

コンセプトとしては、フルオーケストラ向けに書かれた作品をサイズダウンして演奏するというもの。ドイツには 同種の団体として Taschenphilharmonie (敢えて訳せば、ポケットフィル)というアンサンブルがあるのですが、こちらはピアノを含めて19人なので、だいぶ楽ですね。トランペットもティンパニも入りますから。

さて、このアンサンブルの旗揚げ公演ということで、ノット/オピッツ/東響の演奏会を振って、新大久保の教会に赴きました。

曲目は前半にモーツアルトの交響曲第1番と、クルークハルトの木管五重奏曲。後半にはベートーヴェンの交響曲第1番。

モーツアルト:交響曲第1番 K16

モーツアルトの初期の交響曲の中では、もっとも演奏頻度の高い曲。カール・ベームもこの曲と41番を並べたプログラムを好んでいました。「ほら、モーツアルトは最初からモーツアルトだったのですよ」と言いたかったのでしょうね。

この曲だけ立奏。オリジナルの楽器編成だと、管楽器はオーボエとホルンだけです。今回はフルート、クラリネット、ファゴットが加わったので、より色彩感が豊かになり、ディヴェルティメント的な傾向が強くなったようにように思いました。旗揚げ公演の第一曲にふさわしく、祝祭的な気分に満ちた演奏。とても楽しく聴くことができました。

クルークハルト:木管五重奏曲 作品59

ここでライヒャやダンツィを持って来なかったのは聴き手としては嬉しかった。さすがにちょっと飽きてしまいますものね。クルークハルトのこの曲は、レ・ヴァン・フランセも録音していますが、実演に接するのは私は初めて。

さすが交響曲を5曲も作っている人だけあって、構成がちゃんとしていて聴きごたえがありました。とりわけ第四楽章が素晴らしい。それぞれの楽器に「見せ場」を用意する一方で、唇を休めるために休符もちゃんと配分されているというあたり、作曲者の練達ぶりがうかがえました。

ベートーヴェン:交響曲第1番

朝比奈先生によれば、彼の師であるメッテルはこの曲のことを「獅子の爪」と呼んでいたそうです。モーツアルトの延長線上にあるように見えながら、ベートーヴェンがベートーヴェンたる要素があるのだという意味ですね。

私はこの曲が好きで、CD、実演ともにかなり聴き込んでいるのですけれど、私としてはベスト3に入る演奏でした。Bravi !

第四楽章のティンパニをどう処理するのか(ティンパニ不在なので)楽しみに聴き進んできたのですが、そこは予想通りというか、コントラバスが鬼のように力奏していて微笑ましかったです。

良い演奏でした。テンポも適切。この曲でテンポがダメだったら、お話になりません。

アンコールは「ルートヴィヒのクリスマス」?

運命の出だしから始まってベートーヴェンの交響曲の「さわり」とクリスマスソングを合わせたメドレー。とてもよくできていて感心しました。Vnの山本さんの編曲によるのだそうで、これは素晴らしい!

杞憂であったこと

心配していたことが3つありました。が、結果としては問題なくて、良かったです。やれやれ。

まずは弦と管のバランス。これは、弦楽器が頑張ったこともあり、意外に大丈夫でした。もちろん、ダイナミクスが狭くなってしまうことは避けがたいわけですが、今回の曲目ではそこまでのダイナミクスの対比は必要ではありませんからね。

そして、配置。事前に twitter で流れてきた配置だと10人が横並びになっていて、これはあかんのではと危惧していました。実際には前列に弦楽四重奏が並び、後列の中央にコントラバス、向かって右にファゴットとホルン、左にフルート、オーボエ、クラリネットという配置だったので安心しました。

最後に教会の音響。残響が長くなりすぎることを心配していたのですが、ほぼ満席の聴衆が吸収したのか、これも大丈夫でしたね。

メンバーについて

山本琢也さん(Vn):この人の演奏に接するのは2度目。今回はベートーヴェンの1番でのコンマスでしたが、良いリードであったと思います。ギャラントな感じも、じっくりした感じも出せるので、私はこの人のヴァイオリンは好きですね。たしかに小林健次先生を思わせるところがありました。

高橋宗芳さん(Vn):はじめて演奏を聴かせてもらいました。確かな技術、そして、しっかりした楷書の趣きでした。

デイヴィッド・メイソンさん(Va):わが日フィル(私は日フィルのパトロネージュ会員なので)の首席ヴィオラ奏者。彼が今年の春に首席になったときは、私もたいへん嬉しかったです。彼が加わることで、ヴィオラセクションはほんとうに厚みが増しました。今回もとても良かった。ありがとう、デイヴィッド!

寺田達郎さん(Vc):この人もはじめて。良いチェロですね。リサイタルをやられる機会があれば聴きたい。

岡本潤さん(Cb):近年、世代交代が進むN響の、若手次席奏者。とても上手い。ベートーヴェンの第四楽章は爆演気味だったけれど、ノリノリの楽しい演奏を聴かせてくれました。

満丸彬人さん(Fl):吹きっぷりが良かったですね。交響曲では黒檀の楽器、木五では銀の楽器を使い分けておられたのは流石でした。木五でのフルートは目立ってなんぼ、ですものね。名フィルに所属されているとのことですが、私は1月の名フィル東京公演と、2月の名古屋での定演は聴く予定なので、楽しみです。「彬」の字は、いかにも鹿児島らしく、島津斉彬公から戴いたのかな?

荒川文吉さん(Ob):東フィル首席奏者。東響の荒木さんと並んで、今後の日本のオーボエを牽引するのではないかと私は思っています。とても綺麗で、柔らかい音色。上野チャルメーラでの活躍も楽しみにしています(笑)。

アレッサンドロ・べヴェラリさん(Cl):東フィル首席奏者。溢れんばかりの音楽性と、それを支える卓越したテクニック。いつもはオケの中でのソロで「攻め」の彼を聴いているわけですが、今回の木五では「支え」に回っても素晴らしい彼を聴くことができました。

加藤智浩さん(Hr):私は東響の定期会員でもあるので、彼のことを遠くから眺めてはいましたが、ソロで聴かせてもらうのは初めて。今回のプログラムはホルンにとってはキツいものだと思うのですが、破綻なく吹き切ったのは立派でした。あと、終演後の挨拶でのカウンター・テナーの美声は衝撃的でした(笑)。

廣幡敦子さん(Fg):東フィル首席奏者。このアンサンブルのリーダー。岡山県出身の彼女が、桃太郎のようにメンバー(お供?)に黍団子を配っている写真が twitter に投稿されていたのは微笑ましかったです。この人の美質は、なんといっても伸びやかで豊かなストレート・トーン。私もファゴットを吹くのですが、廣幡さんの音色は私にとっての理想です。こんな風に吹けたらいいな、と。もちろん、吹けませんけれど。

たいへんだろうけれど、続けてほしい

会場に集った方々も同意してくださると思うのですが、とても楽しい演奏会でした。それは、何よりも演奏するメンバーが楽しんでいたからですよね。プログラムも工夫が凝らされていて、素晴らしいものでした。

かなり大変でしょうけれど、続けてほしいと思います。この記事のタイトルに、その思いをこめました。これ、カープの若手選手が打席に立ったときの応援歌の一部です(笑)。

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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