第三章第四節「特別扱い」とは〜その4:主力事業の指揮をとる

「継ぐ人」を継ぐべき会社に入れたあとは、「特別扱い」して4つのステップを踏ませるべきであると私は考えています。その4つのステップとは、次のとおりです。

A)現場で汗をかく

B)辺境で成功する

C)全社を俯瞰する

D)主力事業の指揮をとる

前回までで、AからCをカバーしました。今回は4番目の「D)主力事業の指揮をとる」についてご説明します。

「主力事業の指揮をとる」のステップを終えると、「継ぐ人」はいよいよ「譲る人」との並走期間に入ることになります。つまり、このステップは「継ぐ人」にとって、経営者になるための準備の総仕上げにあたります。

ここで達成すべきことは大きく二つあります。ひとつはもちろん、主力事業で実績をつくること。もうひとつは、社長になる準備(具体的には後述します)を整えること。この二つを念頭に置いた上で、次の五つの側面からご説明します。

1)「主力事業」とは

2)「主力事業の指揮をとる」ことの意味

3)社長になる準備

4)どれくらいの期間が望ましいか

5)気をつけるべきこと

1)「主力事業」とは

継ぐべき会社が複数の事業部門を持っている場合には、そのなかでもっとも重要な事業部門のことです。単一の事業に特化している場合には、バリューチェーン上でもっとも重要な部門になります。言い換えると、「うちの会社では、ここが競争力の源泉」と社員が認識している部門になるでしょう。

できればP/Lが作れるようになっている部門であると良いですね。複数事業部制の会社の場合には問題ないと思いますが、単一事業の場合でも、擬似的に部門のP/Lを作れる(例えば、アメーバ経営のように)ことが望ましいです。なぜかというと、「継ぐ人」の手腕を数字で測ることができるからです。

もし海外にそれなりの規模の子会社があるならば、そこのトップを「継ぐ人」に任せるというのも一案です。単に出張所レベルの規模ではなく、メーカーであるならば生産から販売までの機能が揃った海外子会社であることが望ましいでしょう。ただし、この場合には、日本に戻ってきた後に国内の主力事業部門を管掌する役員ポストにつけるなどの工夫が必要になります。

2)「主力事業の指揮をとる」ことの意義

「主力事業の指揮をとる」ことがなぜ大切なのでしょうか。そこには3つの理由があります。

a)「継ぐ人」本人が自信を得る

b)社内のキーパーソンたちを掌握する

c)「譲る人」が「継ぐ人」の現時点での力量を把握する

順を追ってご説明します。

a)「継ぐ人」本人が自信を得る

「辺境」で実績を挙げたとしても、それは所詮は「辺境」での話。やはり主力事業で実績をつくることができたということは、「継ぐ人」にとっての大きな自信になります。

ただし、ここでの「実績」とは、大成功である必要はありません。「継ぐ人」が、自分でもやって行けそうだと思える程度であれば十分です。もちろん、大成功できればそれに越したことはありませんが。

b) 社内のキーパーソンたちを掌握する

主力事業には、通常、社内の選り抜きの人材が投入されているのが常です。この優秀な社員たちに経営者としての資質を認められることは、「継ぐ人」にとって決定的に重要です。

かといって、圧倒的なリーダーとして心服されるまでに至る必要はありません。この段階では、「譲る人」との比較に於いて、「まあ、われわれが支えれば大丈夫そうだな」と思ってもらえれば十分です。優秀な社員ほどプライドがありますから、自分たちを活かしてくれるリーダーを期待しているのであって、専制君主を求めているのではないことを、頭の片隅に置いておく必要があります。

一方、この期間は「継ぐ人」にとって、将来自分を支えてくれるであろう経営幹部の性格、力量を見定める絶好の機会となります。このことを念頭に置いて、幹部を観察するのはとても大切です。とりわけ、「譲る人」への態度と、自分への態度の差。ここで露骨に差が出るような人物は、マークしておく必要があるでしょう。

また、「譲る人」には、将来を期待する若手人材を「継ぐ人」の下に布陣する配慮が求められます。次世代マネジメントチームを選ぶのはあくまでも「継ぐ人」ですが、その選択の幅を広げてあげるのは「譲る人」の役目です。

c) 「譲る人」が「継ぐ人」の現時点での力量を把握する

この「主力事業の指揮をとる」というステップを終えると、「継ぐ人」は社長となり、会長(「譲る人」)との並走体制に入ります。並走体制での「譲る人」の仕事は、「継ぐ人」をサポートしながら段階的に権限を移譲することです。円滑な権限移譲を実現するためには、まず現時点で「継ぐ人」のどこに、どのような課題があるのかを把握しなければなりません。その上で、その足りない部分を補うための手立てを考える必要があるからです。

「譲る人」は、「継ぐ人」が幼い頃から、その成長を見守って来ました。会社に入れてからは、現場経験を積ませ、「辺境」でも実績を挙げることができるように手を打ったわけですが、実際のところ経営を任せて大丈夫かどうかについては不安が残るというのが正直なところかと思います。

「譲る人」は主力事業を経営することで会社を大きくしてきたわけですから、隅々に至るまで熟知していると思われます。ですので、「継ぐ人」が主力事業をマネージするのを見れば、何が足りないのか、よくわかるはず。これが大切なのです。

3)社長になる準備

「継ぐ人」にとって、今までの歩みの全てが社長になる準備であることは確かなのですが、社長になる直前のこのステップで行わなかればならない非常に重要な仕事があります。それは「社長になったら、この会社をこうしたい」というヴィジョンと、実現のための施策を練ることです。

具体的には、ヴィジョンと、その実行のためのプラン。後者は中期経営計画という形をとることもあるでしょう。社長に就任すると同時にこの二つを社内に示すために、最後の準備段階を使って練り上げるのです。そして、社長就任と同時に社内外に発表します。

社長になり、実権を掌握してからで良いのではという疑問もあるでしょう。しかし、それでは遅すぎます。

ファミリービジネスに於いて、社長交代というのはほぼ30年に一度の大事件です。社員にしてみれば、新社長がどのような方針で経営するのかは、自分の会社員人生を左右する大きな関心事ということになります。「継ぐ人」が社長になったけれど、その経営方針が明確でないというのは最悪です。

また、会長ー社長並走体制の下でなかなか新社長の方針が明らかにならないのであれば、社員は全てを会長(「譲る人」)にお伺いを立てることになるでしょう。「結局、何も変わらないのか」と社員に思われてしまうことは、新社長(「継ぐ人」)にとって大きなマイナスです。

「継ぐ人」にとって、主力事業の指揮をとりながらヴィジョンと実行計画を練り上げるのは非常にしんどいことですが、苦労に値する大きなメリットがあります。

a) 新社長としてのリーダーシップを早期に確立できる

b) 自分を支えるチームの組成に着手できる

c) 「譲る人」との役割分担が明確になる

a) 新社長としてのリーダーシップを早期に確立できる

ヴィジョンと達成計画を社長就任と同時に打ち出すことにより、準備万端であることを社内外にアピールすることができます。また、このヴィジョンと達成計画は「譲る人」が社長である時に準備されたものであることから、その内容について「譲る人」が了承していることが類推され、社員は安心感を覚えるはずです。こうして、社長になってからビジョンを考えるよりもはるかに早いタイミングで、リーダーシップを確立できるのです。

b) 自分を支えるチームの組成に着手できる

「継ぐ人」は自分を支えてくれるマネジメントチームを編成しなければなりません。当初は「譲る人」を支えてきたメンバーを受け継ぐわけですが、徐々に自分が選ぶメンバーと入れ替えていくことになります。その候補者のプールとして機能するのが、ヴィジョンの達成計画を練る際に編成するチームです。

ヴィジョンは基本的に「継ぐ人」がひとりで考えて練り上げるものですが、いわゆる「壁打ち」の相手がいるにこしたことはありません。ヴィジョンを受けとめる世代に響くかどうかを確かめるためにも、これと見込んだ優秀な若手を相手に議論するのが良いかと思います。

そのヴィジョンを受けて達成計画を作成するにあたっては、これは一人でこなすのはまず無理ですし、賢明ではありません。「譲る人」の許可を得て、社内から人材を集めてチームを組むべきです。達成計画を作り上げていく中で、「継ぐ人」の思いがチームに伝わり、共感から共鳴へと進化するのが理想です。そうなれば、このチームのメンバーから、今後自分を支えてくれるメンバーを選ぶことができるでしょう。

c) 「譲る人」との役割分担が明確になる

先ほど申し上げたように、このステップを終えると「継ぐ人」は社長となり、会長(「譲る人」)との並走体制に入ります。並走体制での「譲る人」の仕事は、「継ぐ人」をサポートしながら段階的に権限を移譲することです。「継ぐ人」が何をするのかが明確になれば、「譲る人」がどこをどうサポートすれば良いのかも決まります。

もちろん、そのためには「継ぐ人」はビジョンと達成計画の内容について、「譲る人」としっかり議論し、握っておく必要があることは言うまでもありません。それが社内に対して、安心感として伝わっていくのです。

「譲る人と握らなければならないのであれば、大胆な改革ができないではないか」という反論があるかもしれませんね。改革を急ぐ気持はわかりますが、よく考えてみてください。「譲る人」が同意できないようなヴィジョンと達成計画であれば、社内の「やる気」を引き出すことは難しいでしょう。(「譲る人」に対する不満が社内に充満している場合は別ですが。)それに、「譲る人」との並走期間は、私のおすすめでは3年です。この並走期間を終えてから、自分のやりたいようにやるのが正しい道ではないでしょうか。もちろん、この間に社内を味方につけるだけの成果を挙げなければなりませんが。

4)どれくらいの期間が望ましいか

その会社の状況、そして「譲る人」の健康状態など、いろいろな要素があり、本来は「個別の事情による」とするのが無難かと思います。ただ、私は実務者ですのでざっくり申し上げると、3年。

その内訳は、主力事業の指揮に注力するのに2年、ヴィジョンと達成計画を練るのに1年。この1年は副社長兼務ということでもかまいません。ここでの1年は短すぎるという反論があるかと思いますが、期間を長くすると達成計画が徒に精緻化するだけです。多少粗くてもよいので1年で作り、あとは実行に即して修正していけばよいかと思います。

5)気をつけるべきこと

a) 「譲る人」が気をつけるべきこと

大きく二つあります。まずは「継ぐ人」に対してハードルを上げすぎないこと。そして、バトンタッチは実質的にこのステップから始まることを自覚すること。

2)a でご説明したように、このステップでは「継ぐ人」が自信を得ることが重要です。「譲る人」はどうしても自分を基準にする傾向があり、「継ぐ人」への点が辛くなりがちです。親である「譲る人」から見ると、子供はいくつになっても子供なので、致し方ない面はあるのですが…

「継ぐ人」は「譲る人」からの評価に敏感ですから、自分としては手応えを感じていても、「譲る人」から厳しい点を付けられると自信を喪失してしまいます。この段階で「継ぐ人」がスーパーマンである必要はないので、「譲る人」は徒にハードルを高くしないことが必要です。

もうひとつ、これが難しいのですが、「譲る人」がバトンタッチが具体的に始まったのだと自覚すること。このステップがスタートすると、理想的に進んだ場合、「譲る人」が経営から離れるまで6年ということになります。6年、長いようで、あっという間です。この自覚が実に難しい。よほどの覚悟がないと、並走期間がズルズルと伸びてしまいます。

B)「継ぐ人」が気をつけるべきこと

ヴィジョンと達成計画を練る際に、「譲る人」としっかり握ること。これが肝心です。かといって、100%合意する必要はありません。この段階での両者の力関係を考えると、100%の合意とは、「継ぐ人」が「譲る人」の意をそのまま受け入れることを意味するからです。

「譲る人」と「継ぐ人」とでは、これから経営にあたる時間軸の長さが全然違うのですから、中・長期的な経営方針に関しては「譲る人」の意向に迎合するのではなく、「譲る人」とは異なるということを互いに認識することに力点を置くべきです。「譲る人」も、自分が経営から去った後も「継ぐ人」を束縛するような振る舞いを慎まなければなりません。

次回は、この「D)主力事業の指揮をとる」についての事例を取り上げます。ちょっと長くなりすぎるかと思い、今回の説明には事例を挿入しなかったのですが、そのぶん、わかりにくくなりましたかね? いずれリライトする際には統合する可能性もありますが、まずは次回は事例紹介ということで。

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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