「町衆」の「京都語り」という稀有な機会

池波正太郎のエッセイ集に『むかしの味』というのがあります。

ここに登場するのが京都の名店イノダコーヒー。

私の朝は、イノダのコーヒーから始まります。もう、長い間の習慣で、イノダのコーヒーを飲まんことには、一日が始まりません。」

京都の或る商家の老主人が、私に、そういったことがある。

堺町通り三条下ルところにあるコーヒー店[イノダ]へ、午前中に出かけると、まさに、そうした京都の人びとが、のんびりとコーヒーをたのしみ、朝の会話をたのしんでいる姿を見ることができる

『むかしの味』は昭和56年1月から2年にわたって小説新潮に連載されたものをまとめたもの。イノダのエピソードはちょうど真ん中くらいなので、昭和57年くらいでしょうか。今年は昭和95年にあたるので、いまから38年前の話ということになります。

イノダの本店には常連専用のテーブルがあります。常連だからといって安くなるようなことはないのですが、材質の良いテーブル(下の写真の奥に見える茶色のテーブルがそれです)が用意されているのです。京都好きにとっては伝説のテーブルです。

先週の土曜日の昼下がり、このイノダ本店の朝の常連として50年を超えて通っておられる下前國弘さんのお話を伺う会に出かけてきました。

下前さんは「柳の馬場姉小路東入ル」という洛中の真ん中でお父様の代から理髪店を営まれて、75歳まで60年のキャリアを誇る方。『柳居子徒然』というブログを5000日を超えて毎日更新されておられます。その内容は含蓄に富むもので、まさに京都の「町衆」と申し上げるのにふさわしいと思います。

私は下前さんのブログを愛読しているのですが、実際にお会いしてみたいという気持ちが嵩じ、髪の毛を刈ってもらいに京都へ出向きました。昨年の祇園祭の長鉾巡行の日でした。床屋さんとしての腕前はもちろん一流でいらっしゃるわけですが、お話はとても面白くて、時間が経つのを忘れました。

お祖父様の代からの下前さんのお客様である畏友、松井孝治さんの説得が奇跡的に実り、下前さんの東下りが実現しました。松井さんが理事を務めておられる創発フォーラム主催での企画です。

なんと八重洲大丸にあるイノダコーヒーの東京支店からスタッフが出張してくださって、コーヒーのサービス付きでした。これはすごいことです。下前さんは常連の中でも最先任でいらっしゃるので、イノダさんも最大限の配慮をしてくださったと伺いました。店長さんが出張ってこられて、差配されてました。さすがです。

さて、肝心のお話はというと、多岐にわたってとても面白かった。すべてをご紹介するわけにはいかないので、私として面白かったあたりをご紹介しましょう。

蹴上のインクラインは新政府による嫌がらせ?

明治になって琵琶湖の水を京都に導くために作られたインクライン。その水路橋は、南禅寺の境内を横切る形で聳え立っています。今でこそ苔むして風情がありますが、新造当時は絶大な違和感があった筈。

これは塔頭の一つである金地院の敷地に東照宮があるように、江戸幕府の京都における重要拠点であった南禅寺に対する明治新政府の嫌がらせではないかというのが下前さんのご指摘です。

たしかに、地図を見ると、蹴上の地下鉄の駅のところから仁王門通りに沿って水路を落とせばよいようにも見えますね。ただ、そうするとかなりな激流になるような気もしないではありませんが。

斬新なご指摘、さすがです。

「新しい公共」の萌芽

とりわけ心を打たれたのは、日本最初の小学校である柳池小学校設立に際してのお話でした。京都を代表する商家の一つである鳩居堂さんの七代目のご当主が、私財を投じて作られた有信堂という私塾を国に提供され、それが日本最初の小学校になったという逸話です。

次世代の教育を国まかせにせず、自分たちで出来ることは大いにやろうという心意気はさすがです。

今回の企画を実現してくださった松井さんは「新しい公共」という概念を世に問われた方であるわけですが、その萌芽をお膝元の先人に見いだすことができるということに、あらためて感銘を受けました。

素晴らしいひとときでした。次回があればよいのですが

この記事を書いた人

元永 徹司

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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