豊潤から晦渋へ:東京交響楽団第692回定期演奏会

新型コロナの陽性者数(感染者数というのは適切でないと私は思っています)が増える中、幸いコンサートは開かれています。変な話ですが、演奏会が「当たり前に存在するもの」ではないのだと痛切に思わされたいま、聴き手としても、ひとつひとつの機会を無駄にはできないなと感じます。

さて、在京オーケストラの中で音楽監督とオーケストラの信頼関係が最も強いと思われる東響。隔離期間を甘受して再来日してくれたジョナサン・ノット指揮の定期演奏会は、異色のプログラム。前半にリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」、後半はシベリウスの交響曲第5番。私はこの組み合わせを経験したことはありませんし、今後も無いのだろうなと思います。それくらい珍しいカップリングです。

リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ドン・キホーテ」

ソリストはいずれも東響の首席奏者で、伊藤さん(チェロ)、青木さん(ヴィオラ)。

冒頭から、いかにもリヒャルト・シュトラウス! という豊潤な響き。さすがは「ツァラトゥストラ」と「英雄の生涯」の間の年に作曲された曲ですね。

以前の東響だと、ノットの棒への反応は物凄かったものの、オケの自発性という点ではどうなのだろうかと思うことがありました。しかし、今日の管の首席奏者たちの反応は、ノットに完璧についていくというのではなく、ノットが発するインスピレーションと切り結ぶというか、受けて立って投げ返すというか、実に見事でした。花が次々と開いていくような演奏。これはすごい。もしかするとノットと離れていた時間が、非常に良い方向に作用したのかもしれません。(実のところはどうなのかは素人なのでわかりませんが。)

ソロの二人と、水谷コンマスの演奏は水際立った素晴らしさでした。大拍手。

シベリウス:交響曲第5番

これは、評価が分かれる演奏であったと思います。

もともとシベリウスの第5番は、ちょっと座りが悪い曲です。3番から7番までの中で、5番だけがはしゃぐような明るさを備えているからです。これは、大酒飲みであったシベリウスが喉頭癌と診断され、どん底の精神状態へ落ち込んだものの、それが誤診と判明して大喜びした勢いで作曲したから。(ただし諸説あり。)ですので、この曲をただただ楽観的に演奏すると、明るいだけの薄っぺらい印象のものになってしまいます。案外難しいんですよね。

私は自他ともに認めるシベリウス愛好家として、今までに市販された音源のほとんどを聴いていますが、今回のノットの解釈はきわめてユニークなもので、類例がありません。強いて言えば、4番のように5番を振ったというべきか。

4番は初演の際に、たしか「ニシンだかタラだかわからない」と評された筈です。当時の人々には、とても晦渋であるという印象を与えたようですね。今回のノットの解釈は、ひょっとして既存の音源を全く聴かなかったかと思わせるものです。通常の演奏の際に施される強調点をリセットした感があり、その結果として捉えどころのないような響きが随所に聴こえるようになりました。敢えて言えば、この曲が持つ「明るさ」「楽しさ」「爽快さ」にことごとく背を向けたような演奏。その結果、見えてきたのは4番との繋がりです。そして、その線は6番へとも繋がって行きます。ただ、この繋がりは純音楽的なものであって、シベリウス演奏の伝統とは、重なるようで重ならないものであると私は思うのですが。

これはたしかに誰も試みたことがない斬新な解釈であり、私は大変感心しました。しかし、共感するかと問われると、答えは否、です。私の好みではないのです。

私は1982年にヘルシンキ・フィルが100周年記念で来日した際の、オッコ・カム指揮による演奏、とりわけ第三楽章終盤の首席フルート奏者レヒティネンの渾身のソロを忘れることができません。近年の演奏だと、サロネンがパリ管を振った、民族性を超越した見事な演奏。

今回、ノットが振るということで、いろいろと仕掛けてくるだろうと予想していたのですが、ことごとく外れました。常識外のユニークさ。やはり素晴らしい才能の持ち主ですね。参りました。

オケについて

木管群、相澤さん、荒さん、最上さん、吉野さん、福士さん、お見事でした。ドンキホーテでは名技の連続でしたね。シベリウスでの水谷コンマスのリードも素晴らしかった。ノットとのイメージの共有が出来てこそ、あのユニークな演奏が生まれたわけですから。

前半は豊穣さに酔い、後半はひたすら考えながら聴く演奏会となりました。素晴らしかったです。

この記事を書いた人

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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