2001年にボストン・コンサルティング・グループを離れたとき、もし機会があればプロ・オーケストラのマネジメントにかかわってみたいと考えていました。当時の在京オーケストラのプログラミングはいわゆる名曲中心のマンネリズムに陥っていて、聴き手の成熟化(=オタク化)に追いついていないと感じていたからです。
あれから約20年。時代は良い意味で大きく変わりました。今や、オタク化の進んだ聴衆をも唖然とさせるようなプログラムが、オーケストラの看板興行である定期演奏会にかけられるようになったのです。
水曜日の夜のプログラムは、前半がショスタコーヴィッチの「エレジー」、そしてジョン・アダムズのサキソフォン協奏曲。後半がフェルドマンの On Time and the Instrumental Factor と、この日のメインであるグバイドゥーリナの「ペスト流行時の酒宴」。後半の2曲は日本初演です。すごいプログラムですよね。さすがは「初演魔」マエストロ下野の選曲です。
ショスタコーヴィッチ:エレジー
弦楽のみの演奏。もともとは弦楽四重奏として書かれた曲とのことです。
10分に満たない静かな小品ながら、魅力に満ちた作品でした。ショスタコーヴィッチ以外ではありえない、この響き! 弦のトップは日下コンミス、瀧村、鈴木、遠藤、石川という布陣なのですが、美しい最弱音と、ややくすんだような音色。素晴らしい。
ショスタコーヴィッチが25歳のときの作品。こんな初期から既にショスタコーヴィッチはショスタコーヴィッチであった、という曲でした。
ジョン・アダムズ:サキソフォン協奏曲
サックスは上野耕平さん。上野さんを初めて聴いたのは2015年9月の日フィル定期。23歳の彼を山田和樹が抜擢したのですが、呆気にとられるくらい巧かった。この彼が満を持して難曲に挑んだのですから悪かろうはずがなく、超絶技巧にただただ圧倒されました。音もでかいし。
第一楽章の半ばくらいまで、オケとのテンションのレベルに差があるように感じていましたが、クラの金子さんが乗ってきてから怒涛の勢いで終曲まで。
ただ、超絶技巧曲ではあるけれど単調かなと思います。ひたすらに力押しで攻めてくる曲というか。
この不満を補って余りあったのが、アンコール曲。
テュドール:クォーター・トーン・ワルツ
上野さんが「かわいい曲です」と紹介して吹き始めたのですが、サックスという楽器が出すことのできる音を全て使うという趣向の曲。音色の多彩さは想像の域を超えるものでした。正直なところ、このアンコール曲の方が上野さんの並々ならぬ力量を示していたかと思います。
フェルドマン: On Time and the Instrumental Factor
静かな佳品。ちょっと雅楽を連想させる響きでした。この日は前半も後半も、静ー動 のコントラストを効かせたプログラミングでしたね。
グバイドゥーリナ:「ペスト流行時の酒宴」
2005年に作曲されたのでガチガチの「現代音楽」かと思いきや、作曲手法自体はオーソドックスな曲。でも、この曲はすごい。オーケストラが狂乱し、咆哮します。サイレンが鳴り響いたり、大太鼓3つで最強奏してみたり。ホルンも吹くというよりも吠える感じ。しかし、不思議なことにとても魅力的なのです。ラトル(初演)やヤンソンスが好んで取り上げたのも首肯できます。
練習はさぞかし大変だったろうなと思います。第二ヴァイオリン首席の瀧村さんも、こんな tweet を…
難曲を通していたら最後のページで今どこかわからなくなった奏者に、マエストロは絶対止まらないぞという意気込みで指揮をしながら、「C!」、「G!」など音名を叫んで指示していたけど、どうしても楽譜に戻れないとわかった時の最後の叫び
「とりあえず笑顔でいてっ!!!」
おかえりなさい下野さん。
こういう曲の真価は、生で聴かないとわからないでしょうね。すごい曲でした。私はもう一度聴いてみたいですね。
オケについて
フルート倉田、オーボエ金子、クラ金子、ファゴット吉田(敬称略)。とりわけクラの金子さんが光ってました。ホルン松阪さんはちょっと危なかったけど回復。トランペット長谷川さんもよかったです。
コンミスは日下さん。彼女がコンミスの時、読響の弦のレベルが一段上がるような気がします。
そして、下野さん
実に素晴らしかった。以前に日フィルの「中の人」との雑談のなかで私が下野さんを絶賛したら、「そうですよね! 日本の宝ですよね!」と激しく同意してくださって、その後盛り上がりました。下野さんが在京オケにポストを持っていないのは残念なことです。そのため、私などはわざわざ広島に飛んで聴くのですけれど。
今年の夏のバイロイトでインキネン が成功して日フィルでの登壇が減るようなことになれば、その穴は下野さんに埋めてもらいたいと切望する私です。
今年3つめのコンサート。素晴らしかったです。