イギリスはさすがに良い指揮者を輩出する国で、マーティン・ブラビンスもそのひとり。この人のキャリアは面白くて、イギリスのカレッジを出た後、サンクト・ペテルスブルグ音楽院に留学(このころはレニングラード音楽院と呼ばれていたはず)し、名教師イリヤ・ムーシンに指揮を学びました。ですので、ゲルギエフやビシュコフの弟弟子、ソヒエフにとっては兄弟子にあたることになります。その後はキーロフのオペラハウスへ。どうやら根っからのオペラ好きとお見受けしました。その一方でイギリスもの、ロシアものを中心としてオーケストラ作品にも手腕を発揮しているようです。
さて、この日のプログラムは「愛する人々に捧ぐ」とサブタイトルがつけられていました。前半がラヴェルのクープランの墓。これはラヴェルが第一次世界大戦で亡くなった友人たちに捧げた曲。そして、マクミランのトロンボーン協奏曲。5歳で亡くなってしまった作曲者のお孫さんへのレクイエム。後半はエルガーのエニグマ変奏曲。彼の周囲の愛すべき人々を音楽的に描写した曲。このプログラミングは素敵です。
ラヴェル:クープランの墓
全曲にわたってオーボエが大活躍する曲。オーボエ奏者採用時の課題曲に使われることも多いと聞きます。ラヴェルはその精緻な作曲技法ゆえに時計職人のようだと評されることがあるのですが、この日の演奏はブラビンスの丁寧な指揮によって、さながら手工芸品のように仕上がっていました。オーボエは鷹栖さん。端正な演奏でした。これがもし広田さんであったら、ブラビンスはまた違った味付けにしたのではないでしょうかね。
マクミラン:トロンボーン協奏曲
ソリストはロイヤル・コンセルトヘボウ首席のヨルゲン・ファン・ライエン。彼はこの曲の初演者でもあります。
トロンボーンは西洋古典音楽のコンテキストでは神を連想させる楽器ですから、この楽器を使って鎮魂曲を作るというのはうなづけることではありますね。トロンボーンの演奏能力の限界に挑戦するような曲でしたが、ライエンさんが楽々と吹ききって、さすがでした。恐ろしく巧いです。
ペルト:Vater Unser
アンコール曲。「天にいます我らが父」という意味ですね。本来は声楽曲ですが、都響の弦5部の首席奏者の伴奏とともにトロンボーンが朗々と歌って、圧巻でした。きれいな曲です。
エルガー:エニグマ変奏曲
10月にカーチュン・ウォン/神奈フィルでこの曲を聴き、ようやく真価を理解したのですけれど、ブラビンス/都響による演奏は、この曲の偉大さを教えてくれるものでした。こんなに壮麗に響きうる曲だったのですね。これだったら名曲の名にふさわしいと思いました。
私はエルガーがあまり好きではなかったのですが、どうやらそれは英国音楽を得意とするという日本の某指揮者の演奏から入ったのがいけなかったようです。何事でも入り口を間違えると後に尾を引きますね。
オケについて
矢部コンマスの率いる都響、ほんとうに素晴らしい。この日の弦の首席は矢部コンマス、双紙さん、店村さん、古川さん、池松さん。ペルトでのアンサンブルは絶品でした。オーボエ鷹栖さん、クラリネットのサトーさんのソロも出色の出来。
そしてマーティン・ブラビンス
実によい指揮者だと思いました。ちょっと下野さんを思わせるような… 次の来日の機会にはロシアものも聴かせてほしいですね。1959年生まれですから、そろそろ Sir に叙せられる日も近いことでしょう。
今年4回めのコンサート。よかったです。