コバケン目当てではなく、「コバケンワールド」へ:第27回 コバケン・ワールド

めでたく80歳になられた、小林研一郎マエストロ。「炎のコバケン」を慕うファンは多く、「コバケン・ワールド」シリーズのコンサートは自主運営の日本フィルハーモニー交響楽団(以下では日フィル)にとっては貴重なドル箱企画です。

では私はコバケンのファンかというと、うーん、結構複雑です。あまり練習に熱心ではないとのことで、今までもアンサンブルが乱れる場面に遭遇することは多々ありましたし、協奏曲の伴奏の際にはバランスに首を傾げさせられることも何度かありました。(直近では読響との「パガニーニの主題による狂詩曲」)

ですので、正直申し上げて「コバケン・ワールド」に足を運んだことは今までなかったのですが、今回だけは別。それは、モーツアルトのファゴット協奏曲が演奏されるから。しかも、ソリストは日フィル首席の鈴木一志さん。ということで、芸劇2階最前列を確保し、満を持して臨みました。

さすがコバケン、ほぼ満席です。

曲目は前半がモーツアルトの「フィガロの結婚」序曲と、ファゴット協奏曲。後半にベートーヴェンの交響曲第7番。

モーツアルト:「フィガロの結婚」序曲

私としては、つい5日前に秋山和慶/広響で聴いたばかりです。秋山さんの演奏がキビキビした、教科書的とも言えるものであったのに対して、コバケンのアプローチは、テンポを落として明暗をつけるという趣がありました。弦を抑えて、管を響かせ、私はこちらの方が好きですね。

「コバケン、やるなあ」と嬉しい驚き。

モーツアルト:ファゴット協奏曲

ソリストの鈴木さんは東京音大で菅原眸先生(私の先生でもあります)に師事。卒業後、ヴィーンに渡り、長らくヴィーン・フィルの首席を務めたカール・エールベルガーに弟子入り。

エールベルガー先生は厳しいことで有名な人で、鈴木さんの兄弟子にあたる馬込勇さん(リンツ・ブルックナー響首席)は「火の玉のような」のレッスンであったと書いておられるほどです。ヴィーンから帰国後、広響の首席奏者に就任し、その後日フィルに招かれて今日に至ります。

ヴィーンのファゴットというと一般に「まろやかな」という形容詞などが使われることがありますが、それは先入観というもの。エールベルガー先生の1954年のこの曲の録音を聴かれた方には賛成いただけるかと思いますが、伝統的にはちょっと芯がある感じの音です。エールベルガーの弟子で、大名人であるミラン・トゥルクヴィッツも同じ感じ。そして、私見では鈴木さんもその系譜に属します。私の印象では、モーツアルトのよりも、ショスタコーヴィッチの先鋭なソロが似合う感じなんですよね。(もともと、現在のヘッケルシステムの楽器に先行するバッソンも、鼻にかかったような硬い音色ですしね。)

そうそう、鈴木さんご自身が今回の演奏について語っておられる動画あるのでご覧ください。エールベルガー先生のことについても触れておられます。

余談ですが、鈴木さんのステージでのショルダー・ストラップは、いつも鮮やかな赤。これは広島交響楽団で首席を務められたことによるのでしょうか(笑)。いまや、広島の色は赤ですからね。

さて、演奏はどうであったかというと、本当に素晴らしかったです。今まで実演で聴いた中でのベストかと。

正直、50台半ばでステージでこの曲を吹くというのはかなりなチャレンジであるかと思います。冷厳な事実として、管楽器奏者の技巧面でのピークは30台あたりですから。

今回の演奏会はオーディションではないので、早いテンポで技巧を誇示する必要はありません。ややテンポを落として(それでも第一楽章は快速でしたが)、歌い上げるアプローチで、それが大いに奏功していました。

白眉は第二楽章。ここには豊かな歌がありました。ピアニシモ、とても綺麗。

第三楽章は典雅さと技巧とのバランスが秀逸でした。いやいや、素晴らしい。カデンツアは、恩師エールベルガーのものであったそうです。

あと、たいへん嬉しい驚きは、マエストロ・コバケンの伴奏が非常に良かったこと。ファゴットは音が大きい楽器ではないためオケの音量のコントロールが重要なのですが、コバケンはフィガロからオケをさらに絞って、83ー2の編成。そして第二楽章で特に顕著だったのですが、弦にはピアニシモを要求してファゴットを引き立てていました。(実は私、とても心配していたんですが、杞憂に終わって良かったです。)

木管の首席奏者たちも、仲間であり先輩である鈴木さんに寄り添うように付けていて、これには感動しました。

アンコール:「カタリ」(カンツォーネ)

コロナ自粛がなければブラヴォーが飛び交ったであろう大拍手の中、鈴木さんは何回も袖とステージを往復。やがてコバケンがマイクを携えて登場し、鈴木さんとのトークが始まりました。

鈴木さんのお父様は芸大出のテノール歌手であられたそうで、鈴木さんはお父様から「歌心」を受け継いだとしみじみ語っておられました。そこでコバケンがピアノを弾き始め、鈴木さんが「カタリ」を吹いたのですが、これも素晴らしかった。実は、今日の演目ではピアノを使わないはずなのに、なんでステージの端にピアノがあるのかと訝しく思っていたのですが、このためだったのですね。洒落た演出で、とてもよかったです。

ベートーヴェン:交響曲第7番

実は、私、聴いていないんです。ここで切り上げて、午後の礼拝へ。日曜日でしたので。

この記事を書いた人

元永 徹司

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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