ヴィーン、ベルリン 2つのブルックナー

今年の音楽界でのハイライトの一つは、世界の頂点にあるヴィーン・フィルとベルリン・フィルが日本でともにブルックナーの交響曲第8番を、しかも半月という短い間隔で演奏するということ。これは世界的に見ても稀有な出来事だと思います。となれば聴き比べてみたいというのが人情の常。実際に聴いてみると、思ったよりも大きな差がありました。

私が聴いたのは、ヴィーンが11月7日の名古屋公演。ベルリンは22日の東京公演。ヴィーンに関しては、絶賛の嵐であった11日の東京公演ではなかったことをお断りしておかなければなりません。(油断していて、東京公演を買い逃し、名古屋へ赴く羽目になったのです。)

指揮者はヴィーンがクリスティアン・ティーレマン、ベルリンがズービン・メータ。指揮者を入れ替えたほうがいいのにね、と思った好楽家は多かったのではないでしょうか。メータとヴィーン・フィルの深い結びつきを知っている人であれば、特に。しかし両公演を聴いた今となっては、これで良かったのかなと思っています。そのあたりは後ほど触れるとして、まずはそれぞれの演奏会の感想を。

クリスティアン・ティーレマン指揮 ヴィーン・フィル

ティーレマンは音楽大学卒ではなく、歌劇場のコレペティトゥーアからの叩き上げ。同年代の独墺系指揮者の層が薄いこともあって早くから頭角を現し、既にバイロイトでもリング、パルジファルを指揮しています。現代の独墺系を代表する指揮者といってよいでしょう。

ベルリン・フィル常任指揮者であったサイモン・ラトルの後任選びでは、彼は大本命との下馬評でした。ベルリン生まれ、ベルリン育ちでもありますし。にも関わらず彼が楽員投票の結果落選したのは、中野雄先生によれば、オケに対して「あなた方の誰一人として、『本当のドイツの音』をご存知ない。」と言い放ったからであるとか。まあ、傲岸不遜と受け止められるところがあるらしいのですよね。ベルリン・ドイツ・オペラで彼の下で首席オーボエとして活躍した渡辺克也さんも、「ちょっと嫌なやつ」と語っておられましたっけ。

名古屋でのブル8は、まさにヴィーン・フィルから「ドイツの音」を引き出した演奏でした。とにかくバスが厚い。これではベルリン・フィルです。厚いバスは最初から最後まで。私の席は正面3階なので、座席のせいではなく、こういう響きをティーレマンが欲していたからであると判断せざるをえません。結果として、ギリシャ彫刻の筋肉美を連想させる演奏となりました。

もちろん、ヴィーンの弦は例えようもないくらいに美しく、蕩けるような部分が随所にありました。しかし、こういう路線なのであれば、ヴィーン・フィルでなくても、と思ったのが正直なところです。

ティーレマンはシュターツカペレ・ドレースデンとこの曲を録音しています。基本的に今回と同じ方向性なのですが、もっと控えめな演奏になっています。この時、彼は51歳。ブルックナー演奏に豊富な経験を有するオケを乗りこなすことができなかったのでしょうね。

その彼も今年で61歳。オケのほとんどのメンバーよりも年長になりました。コンマスのホーネックも彼より年下です。そして何よりも、ヴィーン・フィルの「顔」であった首席コンマスのライナー・キュッヒルが引退したことも大きのではないかと思います。キュッヒルがコンマスであったなら、ティーレマンも自分の解釈を押し通すことができたかどうか…

いろいろと書きましたが、名演であったことは確かです。でも私にとって、心を揺さぶられるような名演ではありませんでした。あくまでも個人の感想ですが。

 

ズービン・メータ指揮 ベルリン・フィル

「凄かった」のひとこと。超絶的な名演として、おそらく長く語り継がれることになるでしょう。私はこの同じ曲の伝説的名演である1983年のマタチッチ/N響を聴いているのですが、インパクトという点ではあの時を上回ります。

若いころ、とりわけロス・フィル時代のメータは「振りすぎる」と批判されたこともありましたが、ニューヨーク時代に芸風が変わったような気がします。勘所はしっかり押えつつ、奏者の自主性に委ねるという。それはまさにカラヤンのやり方。実力のあるオケを相手にする場合、このアプローチは絶大な効果を発揮するわけで、だからこそ「ゴージャスな音作り」という評価を得るのでしょう。小澤さんと異なり、メータはカラヤンとの師弟関係ではなかったはずですが、結果的にカラヤンの芸風を継承しているのはメータであるように私は感じました。

今回の公演で我々を圧倒したのは、メータの指揮もさることながら、オーケストラの演奏能力と、その熱意というか熱量の凄まじさ。弦の一番うしろの奏者でも、全力で弾きまくり、表現意欲が迸り出るようでした。私も長くオーケストラを聴いているつもりですが、今回ほどの熱量のある公演を経験したことはありません。

ツアーの最終日であったこと、奏者の自主性を尊重するメータの解釈など、理由はいろいろあるのでしょうけれど、メータとともにこの曲を演奏できるのはこれが最後になるだろうという想いが、ここまでの演奏を可能にしたのではと思います。そしてそれは、終曲のコーダで今まで座って指揮をしていたメータが立ち上がったとき、信じられないくらいの響きとなって現実化しました。天から何かが降りてきたような感じ。マタチッチの時も、そうだったのです。(指揮者の福島章恭さんは「マタチッチの上に天から光が差すのが見えた」と書いておられます。)

終演後、度重なるカーテンコールに応えてステージの袖に登場するメータを、オーボエ首席のマイヤー、クラリネット首席のフックス、フルート首席のパユが抱きかかえるように支えていたのが印象的でした。メータ、愛されているんですね。

この日のオーケストラの配置はちょっと面白いものでした。基本は対向配置なのですが、ヴィオラと第二バイオリンが入れ替わっているのです。つまり、指揮者から見ると、左から第一バイオリン、チェロ、第二バイオリン、ヴィオラという並び。この配置、私は初めてです。ヴィーン・フィルも対向配置でしたが、それは第一バイオリンと第二バイオリンが両翼に並ぶ通常のものでした。金管楽器に関しては、ヴィーンでは左に座していたホルン群がベルリンでは右。トランペットがヴィーンでは右で、ベルリンでは左。

ベルリンの配置だと、トロンボーンがクラリネットとファゴットのすぐ後ろに位置することになります。クラ首席のフックスの後ろにトロンボーンの1番、ファゴット首席のシュヴァイゲルトの後ろにトロンボーンの2番、ファゴット2番の古谷さんの後ろにバス・トロンボーン。大音量から耳を守るために、この3人は耳栓をしてました。トロンボーンが強奏する際には耳栓をつけ、木管のアンサンブルの時には外すわけですが、それが結構忙しいのです。もちろん、整然と着脱されていましたが。

今回の公演にはカラヤン・アカデミーに在籍している日本人の方々が何人かエキストラで参加されていました。私、弦には暗いのですが、第二バイオリンのフォアシュピーラーは小川さんであったと思います。ファゴットの2番は古谷拳一さん。師匠であるシュテファン・シュヴァイゲルトと並んで吹いている姿を見て、とても嬉しく思いました。

いやいや、凄い演奏でした。メータがヴィーンを振っても素晴らしい演奏にはなっただろうと思いますが、ここまでの水準には至らなかったでしょう。ティーレマンがベルリンを振っても、名演にはなったでしょうけれど…  なので、結果的には、指揮者を入れ替えなくてよかったのね、と思った私でありました。

 

この記事を書いた人

元永 徹司

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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