藤原道長にとっての「望月」とは何だったのか〜ちょうど千年前の宴の意味

昨日(11月23日)は今上陛下が執り行われる最後の新嘗祭の日でした。 と同時に、藤原道長が「この世をば わが世とぞ思ふ望月の 欠けたることも 無しと思へば」と歌ってからちょうど1000年めにあたる、まさに「望月」の夜でした。

さて、この和歌、道長にとってどのような意義があったのでしょうか。

1000年前の11月23日(旧暦10月16日)、藤原道長の三女である威子が後一条天皇の妃(中宮)となることが決まりました。

一般には、道長はその喜びをこの有名な歌に託して誇ったのだとされていますが、それでは半分正解というところにとどまります。

道長は単に娘が帝の妃となったことを喜んだのではありません。

すでに長女の彰子は一条天皇の、次女の妍子は三条天皇の中宮となっていました。このたびの威子の入内により、道長の娘のうち三人が帝の妃となることになりました。

道長は、この「一家中三立后」という前代未聞の栄華を誇ったのです。

この日の夜、道長は親しい者を土御門第の自宅に招き、祝賀の宴を催しました。

不思議なことに、道長自身の日記である「御堂関白記」にはこの和歌についての記載はありません。しかし藤原実資をはじめとする出席者たちの日記により、出席者のメンバーと、宴の様子を正確に復元することができるのです。

これがその動画です。 予算の都合のため(?)、装束等はだいぶ簡素化されていますが。

笑いを取ることを意図して作られたものではありませんよ。藤原道長を演じているのは早稲田大学文学学術院の兼築信行先生です。あとはお弟子さんたちでしょうか?

この動画、実は、とてもちゃんとしたものなのです。ご説明しましょう。

1)和歌の朗詠について学ぶことができる

和歌の朗詠(正しくは「披講」といいます。)には、甲調、乙調、上甲調と呼ばれる3つの歌い方があります。それが実演されているのです。

2)変なところで時代考証が正確

道長がメガネをかけているのはご愛嬌として、藤原実資が裸足であることに違和感を感じませんでしたか? 道長は足袋を履いているのに。

実は宮中では裸足でいるのが正しい作法だったのです。歳をとって、裸足だと厳しくなったとき、天皇の許可を得れば足袋を履くことが許されました。

道長はこのとき54歳。当時としては老人であるため、足袋を履いているのでしょう。実資も53歳でほぼ同年なのですが、道長に遠慮したと考えられます。

 

ちょっと微苦笑するのはやむをないとしても、この動画、最後までご覧ください。 昨日のような満月の下で繰り広げられていた宴は、こんな感じのものであったのです。

 

追記: タイトルの写真は、昨夜の月です。まさに望月=満月で、綺麗でしたよね。

この記事を書いた人

元永 徹司

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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