事業承継講座(5):後継者の選び方(後編)

前々回、前回と2回にわたって、長子(=男女を問わず第一子という意味です)を後継者に指名することに関して考えてまいりました。世の中にはそうでないケースも少なからずあるわけで、今回は長子以外を後継者に指名する場合について、ご説明いたしましょう。

長子に継ぐ気がない場合

長子に承継の意思を確かめるタイミングは高校に上がった頃がよいのではないか、と本講座の第3回で申し上げました。高校生ともなると、進路を真剣に考えるようになるからです。ということは、逆に、「他のことをやりたい。」という思いを強く抱く場合もありうるわけです。端的に言えば、「継ぎたくない。」ということですね。

実際には、このあたりは個別の事情(とくに、それまでの親子関係)に大きく左右されるので一般論で語るのは難しいのですが、「継がない」意思がどれくらい堅固なのか確かめるのがまず第一でしょうね。その上で、大学入学まで結論を出さずに置いておく、というのが現実的な方策だと思います。

いよいよ本当に継ぐ意思がないとなった場合、他にお子さんがおられる場合には、その中から後継者を選ぶことになります。(外から経営者を招聘することの是非については、いずれまた。)この場合は、長子がダメなら次子ということではなくて、調子を含めた残りのお子さんの間で話し合ってもらい、やる気のある人を後継者にするのがよろしいかと思います。あるいは、親の目から見て一番見込みのある子を。

 

継がせることが望ましくない場合

昔風にいうと、「廃嫡」のケースですね。ただ、この場合は理由が問題になります。

学校の成績は理由にならないでしょうね。成績が良いに越したことはありませんが、そのことが経営能力に直結する保証はありません。申し上げるまでもないことですが。(後継者がどれだけ「優秀」であるべきかについては、機会をあらためて論じることといたします。)

いわゆる「問題児」であることについても、判断は慎重であるべきだと思います。親の偉さが重圧となって、一時的に「グレて」しまうこともあるからです。以前にもご紹介した「たねや」の現在の当主さんでも、こんな感じであったとのことですから。

同級生と喧嘩したり、学校の窓ガラスを割ったり、近隣の方にはずいぶんご迷惑をおかけした。母はしょっちゅう先生に呼び出されていました。
修学旅行でせっかく長崎に行ったのに、地元の子と喧嘩しないよう、自分だけ旅館から出してもらえない。バスケット部に入っていたのですが、問題を起こさないよう、自分だけ大会に参加させてもらえない。

もちろん、犯罪歴がついてしまうと話は別ですよ。

では、どんな場合に継がせることが望ましくないのか。それは、様々な問題に加えて、「人がついてこない。」と判断される場合かと思います。まあ、極端に自己中心的であるとか、酷薄であるとか。下の兄弟から総スカンであるとか。

 

誰に継がせるのか

いよいよ長子が本当に継ぐ意思がないとなった場合、あるいは継がせないと決めた場合。他にお子さんがおられるのであれば、その中から後継者を選ぶことになります。(外から経営者を招聘することの是非については、いずれまた。)この場合は、長子がダメなら次子ということではなくて、残りのお子さんの間で話し合ってもらい、やる気のある人を後継者にするのがよろしいかと思います。あるいは、親の目から見て一番見込みのある子を。

ここでやってはいけないことは、兄弟姉妹の間で承継を巡って競わせることです。これは絶対の禁じ手です。

最悪の場合、親の歓心を買うために兄弟姉妹が争うような事態を招きます。親が年齢を重ねて判断力が鈍ってしまうなかで無用な競争を継続させると、兄弟間に修復不能な溝が生じます。詳しく述べることは避けますが、私の理解ではロッテのお家騒動がこれでした。何一つ良いことはありません。

 

気をつけるべきこと

長子が継がない、あるいは継がせない場合、将来にわたって経営権を与えないことを明確にする必要があります。もっとも象徴的なこととして、株式を渡さないこと。

それでも揉めることがあるのが、世の中ですよね。一澤帆布事件を思い出しますね。

一澤帆布の創業者には男の子が四人。長男は事業を承継する意思がなく、京都大学に進学して銀行員へ。次男は病没。三男は大学に進まず、父を支えて、京都での名店としての地位を確立。

創業者はかねてより遺言状を作成して弁護士に預けており、それによると株式の67%は三男へ。四男へ33%。長男には現預金を遺すというものでした。ところが銀行を退職した長男が「より新しい遺言状」なるものを持ち出して来て大騒動に。なんとそれには株式の80%を長男、20%を四男、三男にはゼロという内容だったからです。

裁判沙汰になり、しかも地裁レベルで変な裁判官にあたってしまったことによって三男は敗訴。結果、袂を分かって一澤信三郎帆布を立ち上げることとなりました。

まあ、この事件は特殊で、こんな変な裁判官にあたってしまうことは稀なのでしょうけれど、念には念を入れるということになると遺言状だけでは足りないということですね。他の兄弟が居並ぶ中で、いったん放棄した以上、長子には承継を認めないと明言すべきかと思います。やりすぎと思われるかもしれませんが。

もちろん、いったん承継した兄弟姉妹が、後になって長子を呼びもどす場合は話が別です。といっても、そうした事例はあまり聞いたことはありませんが。

 

 

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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