後継者はピカピカでなければならないのか?〜事業承継講座(6)

ファミリービジネスで後継者に求められる資質って何でしょう。 欲を言えばキリがないですし、承継する事業によって異なるところもあることは百も承知です。でも、その上で、考えてみることには価値があるかと思うのです。

学校の成績がすべてではない

もちろん成績が良いにことはありません。でも成績が良いから後継者として成功するわけではないことについては、どなたにもご同意いただけると思います。

反面教師として例をあげれば、大王製紙の井川意高さん。彼は筑波大附属駒場高校から東大法学部ですから、成績については申し分なかったはずです。カジノにのめりこんで大変なことになってしまった経緯は、ご自身が『溶ける』という著書で明らかにされているとおりです。

井川さんが頭の回転が早い方であることは間違いないでしょう。創業者の孫ということもあり、大王製紙の役員の方々は議論では太刀打ちできなかったことと思います。また、「頭の良い」人にありがちなのは、そうでない人が馬鹿に見えてしまうということ。おそらく井川さんの目には、自社の経営幹部が物足りなく写っていたことでしょう。こうなると部下の信頼を得ることはできません。

「学校の成績が良い=頭の回転が早い」ということは言えるかと思いますが、だからといって、学校の成績が悪いから後継者として不適格、ということにはならないでしょう。それだけといえば、それだけのことです。

「グレた」から失格というわけでもない

この講座の第5回でご紹介した「たねや」の十代目である山本昌仁さんも、中学校の頃は問題児だったとのことです。親が偉いと反発することもありますしね。犯罪歴がついてしまったら困りますが、グレていたから後継者失格というのは早計であると思います。

最低限必要なのは、他人の話を聞く力

これだけは必要と言える資質は何かと考えていくと、どうやら「他人の話を聞く力」ではないかと思います。誤解していただきたくないのですが、これは他人の言いなりになるということではありません。決めるのは独断で良いのです。ただ、その前の段階として、他人の話に耳を傾ける力は後継者が成功するためには絶対に必要なのではないでしょうか。

人間は本来社会的な動物ですから、この資質がゼロということは考えにくいことです。また、幸いにして「傾聴力」を鍛える場も最近ではありますから、後継者ご本人に自覚があればこの資質を強化することは可能です。

もうひとつ求めるとすれば、決断力

部下の立場からみて何が困るかといえば、決めてもらえないことではないでしょうかね。時間がムダに過ぎ去ってビジネスチャンスを逃すことが危惧されるのはもちろん、迷いに迷ったあげくに変な選択肢に追い込まれるのも恐ろしいことです。また、決断力が弱いと、いわゆる「君側の奸」の台頭を許してしまうことにもなりがちです。

結局、後継者の資質がピカピカである必要はない

とりわけ創業経営者は、後継者に自分と同じような資質を求めてしまう傾向があります。気持はよくわかりますが、それは少なくとも賢明ではありません。私はよく事業承継を駅伝に例えるのですが、どの区間を走るかによって走者に求める資質は異なるからです。

「息子は平凡な出来。ちょっと不安なので、右腕として支えてきてくれた生え抜きの役員を後継者として、彼に息子を育ててもらおうと思うけど、どうだろうか」という相談をいただくことがあります。とくに創業経営者の方から。息子さんが後継者としてピカピカでないことを憂えておられるわけですね。

私の答えは、「NO!」です。(もちろん、個々の会社によって事情は異なりますけれど。)

創業経営者の下で仕事をしてきた「右腕」には、あくまでも右腕としての範囲しか見えていません。視野が限定されている上に、あくまでも創業者の意思の忠実な実行者でしかありません。

また、創業者がワンマンであればあるほど(「ワンマンでない創業経営者」にお目にかかったことはないわけですが)、社長以下は横一線、という形になりがちです。その中から一人を後継者に指名したところで、他の役員たちからの心服を得るのは至難の技です。たいていの場合、「なんでアイツが?」となってしまうのが落ちです。

となるとどうすればよいのでしょうか。ベストアンサーは創業者の息子さん、または娘さんを後継者に指名することです。親の目から見て不安でも、です。そうしないと、社内がおさまらないからです。

ここで思い起こされるのがユニクロの柳井さんのケースです。柳井さんは以前から息子を後継者にしないと公言しておられましたが、ご自身の引退宣言を事実上撤回された上に、昨年11月には二人の息子さんを取締役に登用しました。社内取締役4名のうち、柳井さん親子で3名を数えることになります。(あとは社外取締役が5名)

柳井さんのエゴ、と批判する声もあります。その要素が無いわけではないでしょうけれど、ご子息を後継者にしないとおさまりがつかないのだと思います。長男を後継者とし、次男に補佐してもらうという構想なのでしょうね。私はこれには賛成です。(柳井さんのご子息が「ピカピカ」でないと申し上げているわけではありませんよ。念のため。)

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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