“From Scratch” という言葉が頭をよぎったブルックナー:東京都交響楽団第883回定期演奏会

いま都響がその力を最大限に発揮するのは、残念ながら音楽監督とではなくてアラン・タケシ・ギルバートとの舞台であることは、好楽家の一致した意見かと思います。1967年生まれ。「まだ」52歳なのか、「もう」52歳なのか。彼が「有望な若手指揮者」だった頃を振り返れば「もう」だけど、これからの大巨匠への期待を踏まえれば「まだ」ですかね。「前途洋々」とは、この人のためにあるのでしょう。

昨夜の曲目は、前半にモーツアルトの交響曲第38番「プラハ」、後半はブルックナーの交響曲第4番。

このプログラム、巨匠ブロムシュテットがN響とやったことがありました。2007年。コンサートマスターはシュターツカペレ・ドレースデンから招かれたミリングさんでした。このときブロムシュテットは、いかにも彼らしく全てのリピートを励行したため、モーツアルトだけで40分を超えてびっくり。もちろんとても美しかったのですが。後半のブルックナーは「高みに登る」崇高感があり、大いに感心したことを覚えています。

昨夜はその記憶を塗り替える、恐ろしいくらいの名演となりました。とりわけブルックナーが。

モーツアルト:交響曲第38番「プラハ」

コントラバスは4本でしたから、伝統的な「ドイツ音楽」が志向されていないのは演奏開始前から明らかなことでした。

第一楽章はキビキビした快速テンポ。ティンパニも硬めのバチで叩いているのですが、ピリオド演奏とは違います。「楽しげな」と言ってもいいくらいな演奏。

なかでも素晴らしかったのは第二楽章。絶妙な陰影と、デーモニッシュな変化。なるほど、これはドン・ジョバンニを書いた人の曲だと感じ入りました。第三楽章は一転して、快速というよりも「特別快速」なテンポ。このテンポでアンサンブルが乱れない都響の合奏力は素晴らしい。

私は彼のモーツアルトを初めて聴きましたが、他の曲も期待できそうです。

 

ブルックナー:交響曲第4番

これは凄い演奏でした。伝統的なブルックナー演奏とは全く異なるもので、違和感を覚えた方もいらしたかもしれません。しかし、そんな違和感をねじ伏せる説得力に溢れた、圧倒的な演奏でした。

正直言って、4番は後期の5~9番に比べて編成が軽いために安易に取り上げられることが多く、その分われわれとしては凡演に接する割合も高くなります。ルーティーン的に演奏されると、この曲はそんなに面白くはないのです。いままでなんどもそういうことがありました。

昨日の演奏は、「いったん全部バラして、組み上げてみました。」という趣き。英語でゼロから物事を立ち上げるとき、from scratch と言いますが、まさにそんな感じ。場所によっては(そしてそういう場所が多かったのですが)、今までに聴いたことがないような響きがしました。「こんな曲だっけ?」と驚かされるのですが、しかしデフォルメされた印象は無いのです。きわめて「自然に」響きます。伝統的な解釈からすると、かなり好き勝手にやっているにもかかわらず。

ブルックナーの交響曲は、しばしば教会の大聖堂に例えられます。とくにゴシック様式の。しかしアランがわれわれに見せてくれたのは、もっと広がりのある、言ってみれば壮麗なヴェルサイユ宮殿のような構築物でした。

伝統的な解釈や、演奏上の慣行に囚われることなくスコアを読み込んで、ここまでの壮麗な構築物を思い描き、それをオーケストラ全員を通じて実現するというのは端倪すべからざる力量です。本当に凄かった。

しばらくは4番、聴けませんね。

 

オケについて

ブルックナーの4番はなんといってもホルン次第というところがあるわけですが、首席ホルンの西條さん、お見事でした。ただ冒頭でちょっと危ないところがあって、ホールが凍りつきそうになりましたが。

オーボエの広田さん。いつもながらの美音で木管をリード。ファゴットの長さんも良かった。

弦で出色だったのはヴィオラ・セクションでした。首席の鈴木さんの隣で弾いていた女性の方が素晴らしくて、注目を集めていました。試用期間中の方だそうです。昨日の演奏で、もう決まりでしょう。

コンマスは矢部さん。矢部さん無くしては、昨日の名演はなかったことでしょう。コンマスがいかに大切な存在であるかを知らしめるかのような演奏でした。

この記事を書いた人

元永 徹司

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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