ヘルメスのように駆け抜けたジュピター:東京交響楽団第112回東京オペラシティシリーズ

このところ絶好調のジョナサン・ノットと東響のコンビ。 ノットが得意とするモーツアルトと、荒さんがソリストでのシュトラウスのオーボエ協奏曲とあっては、聴き逃すわけにはいきません。神南でのブロムシュテット翁に心引かれつつも、不便な立地のオペラシティへ。

曲目は前半がリゲティの管弦楽のためのメロディーエンと、リヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲。後半はモーツアルトの交響曲第41番「ジュピター」。オーボエのソリストは荒絵理子さん。コンマスはニキティンさん。1階席の後ろなどに結構空席が目立ちました。ブロムシュテットとバッティングしたからでしょうか。ちょっと寂しいですね。

 

リゲティ:管弦楽のためのメロディーエン

この曲、初めて聴きました。ですので、どうこう言うことはできないのですが、面白く聴きました。ノットはリゲティと親交があったと聞いたことがあります。東響ではけっこう彼の作品を取り上げているので、いずれまとめてCDにしてくれるとよいですね。

 

リヒャルト・シュトラウス:オーボエ協奏曲

晩年のシュトラウスが自宅を訪ねてきた占領軍の米兵に頼まれて作った曲。その米兵というのは、フィラデルフィア管弦楽団でのちに首席オーボエ奏者となるジョン・デ・ランシー。巨匠の晩年の作にふさわしく、小編成の佳品です。

ただ、この曲は難しい。ジョン・デ・ランシーがそうコメントしたら、シュトラウスは「いやいや、吹きにくかったら簡単にしていいよ」と語ったという逸話があり、後年ランシーが録音した音源ではそのように処理されています。荒さんはもちろん、オリジナルにチャレンジ。

終演後の twitter では絶賛の声が多かったのですが、私としてはちょっと疑問符が。荒さんに対してというよりも、ノットの指揮に対して。

まず、第一楽章のテンポが速すぎたのでは。さすがの荒さんも冒頭部で「歌う」ことができなかったように聴こえました。サヴァリッシュあたりだと、もう少しゆっくり始めて、オーボエに朗々と歌わせるのですよね。

もうひとつ、この曲ではオーボエとフルート、クラリネット、イングリッシュ・ホルンとの絡みに面白さがあるのですけれど、最上さんのイングリッシュ・ホルンを除いて、自己主張が弱かったように感じました。オーボエを引き立てる方向に意識が行ってしまっているのでは? このあたりでさすがと唸らされるのは、天下の名盤として名高いルドルフ・ケンペ指揮、シュターツカペレ・ドレースデンの演奏。オーボエは名手マンフレート・クレーメント。他の奏者たちもノリノリの感があり、ほんとうはこれくらいやってほしかったなと思いましたが、ちょっと無いものねだりかもしれませんね。

もしかすると、荒さん、本調子ではなかったのかもしれません。本来の彼女であれば、もっと輝かしいはずなのにと感じるところがちょっとありました。

 

モーツアルト:交響曲第41番「ジュピター」

この曲にローマ神話の主神である「ジュピター」というあだ名が付いているのは、第四楽章の堂々たるコーダがあるから。この見事なコーダを「まるでケルンの大聖堂のようだ」と、これ以上ないくらいに的確に評したのは、あのグラズノフです。

いかにも「ジュピター」にふさわしい演奏といえば、私たちの世代の好楽家にとってはカール・ベーム指揮によるヴィーン・フィルの演奏。この曲は彼らの「十八番(おはこ)」でありました。

ノット/東響の演奏は、ある意味でベーム/ヴィーン・フィルの真逆とも言えるもの。快速テンポで疾走しつつ、機敏な変化技を次々に繰り出すあたりは、ジュピターではなく、韋駄天のヘルメスのよう。爽快感すら覚える演奏でした。ロジャー・ノリントンもこういう路線でしたけれど、私は彼のあざとさにはちょっと辟易。ノットはもっと自然です。モーツアルト本人が指揮したら、こんな風になったのかもしれませんね。

 

オケについて

フルートは知らない女性の方。エキストラですかね。オーボエ荒木、クラリネット吉野、ファゴット福士、アングレ最上(敬称略)。とにかくノットの棒への食いつきは凄い。ノットは自分の意思を十全に表現するオケと巡り合ったということなんでしょうね。ただ、これから先の展開としては、オケの自発性が欲しいと感じたのも事実です。このあいだのベルリン・フィルを聴いてしまうと、特に。さらなる高みを目指して欲しい、ということなんですけどね。

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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