コロナウィルスの感染拡大により音楽監督ジョナサン・ノットが来日できなくなった東京交響楽団。通常であれば代役を立てるところですが、なんとヴァーチャル指揮という前代未聞の方式を選択。さて、どうなるかという興味もあり、サントリー・ホールへ赴きました。
曲目は前半がストラヴィンスキーのハ長調の交響曲。これは指揮者なし。後半はノット音楽監督のヴァーチャル指揮による、ベートーヴェンの交響曲第3番。休憩を挟んでの本格的な演奏会です。
ストラヴィンスキー:ハ長調の交響曲
ひとことで表現するとすれば、「エグい曲」。これを指揮者なしで演奏すると聞いて、正気かよ?と思いました。管楽器について言えば、超絶技巧もさることながら基礎的な技巧が問われる曲だというのが私の意見です。(偉そうに、すみません。)
もちろんコンマスのニキティンさんがリードをとるのですけれど、基本は各パートが互いに聴き合うというスタイル。第四楽章の管楽器だけのくだりでは、ニキティンさんは静かに座って一切サインを出さず。オーボエの荒さんを軸にみんなが合わせます。これは鳥肌レベルのアンサンブル。
ただ合わせるということではないんです。各自が自己表現して、結果として合うという高次の芸が披露され、私は息を呑んで聴き入っておりました。どこが1番だ2番だという議論は避けるべきと常々自戒している私ですが、このオケの木管群のアンサンブルの緻密さは、日本で一番なのではないでしょうか。
ベートーヴェン:交響曲第3番
休憩でトイレに行った後、席に戻ったら、ステージ上に大きなモニターが4枚設置されていました。4枚のうち1枚は聴衆用ですから、オケのメンバーは自席から3枚のうちのいずれかを見て演奏することになります。
ノットの指揮は、かねてよりギリシャ神話のヘルメスのようだと私は思っているのですが、今日もそうでした。疾走するエロイカ。クレンペラーとか、あるいは過去に接した実演で言えばホルスト・シュタインとかの路線とは異なりますが、これはこれで素晴らしい。
モニターには自分の頭の中で鳴っている音楽を指揮するノットが映し出されているのですが、オケはそれに「合わせに行っている」わけではありませんでした。合わせることはコンマスを中心としつつも、各パートの責任。メンバーが画面のノットから受け取るのはイマジネーション。これは実際の生身の指揮のときでも実は同じことなのでしょうけれど、ヴァーチャルになった今回は一層はっきりしたように思います。
オケは大熱演。あまりに熱演だったので、第二楽章に入る前にあらためてチューニングが行われたほどでした。
ヴァーチャルという変則的な立て付けでしたが、名演でした。目を瞑って聴いていて、まったく違和感はありません。
オケについて
木管は敬称略で、相澤(フルート)、荒(オーボエ)、ヌヴー(クラリネット)、福士(ファゴット)。先ほども書きましたが、この木管群のアンサンブルの緻密さは驚異のレベルだったと思います。 そして福士さんのファゴット、涙が出るくらい素晴らしい。ブラーヴァ!(と大声を出すことは禁じられていましたが。)
大拍手に送られてオケがステージから退いた後も拍手は鳴り止まず、オケ全員が再度登場してお辞儀。東響、このコロナ禍を乗り越えましたね。素晴らしい演奏会でした。
カラヤンだったら?
このヴァーチャル演奏会、カラヤンが存命だったら飛びつくコンセプトなのではないでしょうか。ただ、こういう方式はあくまでも緊急避難にとどめるべきで、新しい商品とは考えない方が良いかと私は思いますが。