もっと演奏されるべき音楽:読売日本交響楽団 第608回定期演奏会

現在の日本の中堅指揮者の中で、その才能を私がもっとも高く評価しているのは下野さん。いわゆる名曲に新しい光をあてるのもさることながら、故若杉弘さんを彷彿とさせるプログラミングが素晴らしい。今回も滅多に演奏されないマルティヌーの曲が取り上げられており、いそいそとサントリーホールへ。

この日は予定されていたピアニストが来日できず、藤田真央さんが代演。これで却って人気が出たというのは皮肉なものですね。 前半はマルティヌーの「過ぎ去った夢」、そしてモーツアルトのピアノ協奏曲第21番。後半がマルティヌーの交響曲第3番。

マルティヌー:「過ぎ去った夢」

たいへん珍しい曲。意外にも日本初演ではありませんでした。いろいろ検索を試みましたが、誰が初演したのかはわかりませんでした。こういうことは、ちゃんとプログラムに記載してほしいですよね。シカゴ響のプログラムにはその辺りがきちんと記載していた記憶があります。

マルティヌーの個性が強く刻印された、面白い曲でした。プログラムには約12分と書かれていましたが、実際には20分近くかかりました。リピートした形跡もないので、下野さんがテンポ指定を自由に解釈したのかなにせ私も初めて聴く曲だったので、わかりませんでした。

モーツアルト:ピアノ協奏曲第21番

前後のピアノ協奏曲がシリアスなのに対して、ネアカな21番。でも私はこの曲が好き。音楽的にレベルが高いのは、かの有名なセル/カサドシュ盤ですが、私は80年代に録音されたアシュケナージ/フィルハーモニア菅の弾き振りの演奏も愛聴しています。こちらはいかにも楽しげな演奏。

さて、ソリストが藤田真央さんに変更になったという時点で、かなり「はっちゃけた」演奏になることは予想されていました。読響のチラシにも「天衣無縫」と記されているくらいですから。

で、どうだったのかというと、今風の表現を使えば、「予想の斜め上を行く」演奏でした。

このひとの演奏を聴いていると、超絶技巧というものは表現の幅を広げるために存在しているという、あたりまえでありながら、時として等閑視されていることに気付かされます。「天衣無縫」の裏付けには、盤石の技巧があるのです。そして、音色。なんと多彩なことでしょう。時として、「あれ、ここでオーボエがかぶるんだっけ?」と思うと、それはなんとピアノだったりするのです。このひとはほんとうにすごい。

自作のカデンツァは超絶技巧の遊びに満ちていました。そして第3楽章の木管群との掛け合いには息を飲みました。間違いなく、私にとってこの曲の実演のベスト。

おそるべき才能ですね。これからどうなるんだろう。

マルティヌー:交響曲第3番

マルティヌーの交響曲は全部で6曲あります。いずれも独特の美しさを湛えているのですけれど、めったに演奏されません。この前の3番の実演は、2010年のヤクブ・フルシャ指揮の都響の演奏家にまで遡ります。私は現在市販されているマルティヌーの交響曲全集の音源を全て所有しているくらいにこの作曲家を偏愛しているのですが、2010年の演奏会には都合が悪くて行くことができませんでした。ですので、実演に接するのは初めて。

愛好家として偏愛の基準を述べさせていただくと、まずオーボエの音色が勝負です。全6曲を通じて、オーボエは大活躍するのです。そして、ピアノとオケのバランス。通常のピアノが入る曲に比べて、ピアノの役割はとても大きくて、したがってしっかり聴こえないといけないのです。さらにはヴィオラ、チェロの両セクションが強力でなければなりません。そうでないと、あの独特の中欧的な雰囲気が出ないのです。

このあいだまで読響の首席客演指揮者を務めていたコルネリウス・マイスターはマルティヌーの全集を完成させています。その彼には一度も振らせることなく、ここで下野さんに委ねるという読響のマネジメントも面白い。そして、その選択は成功でした。

愛好家としては、ワクワクしながら聴きました。下野さんの設計は素晴らしい。ただ、私の好みとしてはもう少しピアノが聴こえた方がマルティヌーらしさが際立ったのではないかと思います。

下野さん/読響には全曲演奏を目指していただきたい。心底、そう思いました。

オーケストラについて

木管は敬称略でフルート倉田、オーボエ金子、クラリネット金子、ファゴット吉田。この曲の場合、ドヴリノフさんよりも倉田さんの音色が合うと思います。オーボエの金子さん、実に素晴らしい。曲想にぴったり。ファゴットも吉田さん&武井さんで実に美しいソロでした。コンマスは新任の林さん。素直な良いコンマスだと感じました。

総じて、読響の卓越した演奏力を実感させる、素晴らしい演奏会でありました。 Bravi !

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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