第一章 「継ぐ人」(後継者)の選び方〜第一節 原則は「長子承継」 

今回から本論に入ります。予告編で申し上げましたが、全体の構成については、次のように考えています。

第一章 「継ぐ人」(後継者)の選び方

第二章 「継ぐ人」の育て方~学生時代、そして継ぐ会社に入るまで

第三章 バトンタッチの準備~社長の座を継ぐまで

第四章 並走期間のマネジメント~「譲る人」と「継ぐ人」の関係性

第五章 よりよいフェードアウトを目指して~すっぱり退くことの難しさ

第一章のアウトライン

第一節 原則は「長子承継」

まず、私の持論である「長子承継」についてご説明します。その上で、長子が承継を放棄した場合にはどうするか、そして兄弟姉妹が承継に参加する場合に留意すべき点をご案内します。(兄弟姉妹については第二章で詳しくご説明する予定ですので、ここではポイントだけ触れます。)

第二節 婿養子の是非

日本で老舗が多いのはの婿養子制度があるからだという議論があります。大阪の船場あたりを見ますと、たしかにうなずけるものはあるのですが、今まではともかく、これからはどうでしょうか。もちろん今でも優れた業績を上げている婿養子経営者はたくさんおられますが、だからといって仕組みとして優れているとまで言えるのか。考えてみたいと思います。

第三節 「中継ぎ」は有効な手段か

親と子の承継の間に第三者を挟むというやり方もあります。第三者としては、いわゆる「番頭さん」の場合と、外部から「プロ経営者」を招く場合があります。とくに後者は、「継ぐひと」に学びの機会を与えるという期待もあり、世間では良い方法と評価されているようです。しかし、私は実務者として反対です。何が問題であると考えているのか、ご説明します。

第一章 「継ぐ人」(後継者)の選び方

普通の会社(非ファミリービジネスという意味です)であれば、誰が次の社長になるかは大問題です。なにしろ、あの文藝春秋の誌上で「丸の内コンフィデンシャル」という人気コーナーが長く続いているくらいですから。ところが、ファミリービジネスでも後継者選びは大切だと申し上げると、怪訝な顔をされる方が多いのです。「長男が後継者になるに決まっているのでは?」と。

私の経験では、多くの場合、ファミリービジネスの後継者選びは「決まっている」のではなく、「決めたように思っている」だけです。「決めたように思っている」というのは、実ははっきりと決まっていないということに他なりません。人間関係が公私にわたって濃密になることが避けられないファミリービジネスでは、ひとたび話がこじれると地獄の様相を呈します。だからこそ、「決めたように思っている」状態を脱却し、「継ぐ人」をきっちりと選ぶ必要があるのです。

第一節 原則は「長子承継」

「長男」ではなく「長子」

「長子」、つまりは第一子です。男性であれ女性であれ、「長子」を「継ぐ人」としてまず定めるべきであると私は考えています。理由は3つあります。

まず、当然のことながら、長子の場合、「譲る人」と「継ぐ人」の年齢差が小さいこと。この年齢差が開くのに比例して、「継ぐ人」が社内で自分の地位を確立するに際して直面するハードルが高くなります。「継ぐ人」が若ければ若いほど、社内の人々は頼りないと思いがちであるからです。

つぎに、親の苦労をよくわかっていること。とくに創業経営者からの承継の場合、長子の幼少期がまさに親にとっての事業展開の正念場と重なることになります。親が苦労している姿を見て育つことは、「継ぐ人」としての覚悟を養う上で鍵となります。第二子以降だと、親の事業が既にそれなりの状況に到達しつつある中で育つので、親の苦労に疎くなりがちです。

最後に、なんだかんだ言っても、長子には「いずれは自分が」という自覚があること。この自覚を積極的な抱負にまで高められるか、あるいは一種の諦観にしてしまうのかは、育て方次第です。(第二章で扱います。)

「長女」、大いに結構

私は「長子」が女性であったとしても、「継ぐ人」として定めるべきであると考えています。別にフェミニストを気取る訳ではありません。今や女性だからと言うだけで後継候補から外す時代ではないということです。

長子=長女の場合、「譲る人」が頭を悩ませるケースは2つあります。

子供が女性ばかりというケース。

いずれ婿養子を取ればよいという考えは安直に過ぎます。なぜ安直かというと、それは実質的に「継ぐ人」の育成を先送りにすることに他ならないからです。(婿養子の是非については第二節で詳しく述べます)

この場合は、とにかくまず長女を「継ぐ人」として定め、育成すべきです。将来、結婚相手を会社に入れるかどうかは、彼女自身が決めればよいことです。夫を補佐役にしてもよいですし、場合によっては夫を経営者として立て、自分は補佐役に回ることでもよいと思います。もちろん、夫を会社に入れないという選択肢もあります。

残念なことに、先送りパターンは案外多いものです。私がご相談を受けた一部上場企業の事例をご紹介しましょう。

「譲る人」は第四世代。お父様から受け継いだ事業の業態転換に成功した、いわば中興の祖です。お子さんはお嬢さんがお二人。いずれ結婚相手を会社に迎えればいいかと思いつつ時間が経過し、長女は就職せずに人文系の修士課程に進学することとなりました。さて、どうするか。できれば長女にバトンをつなぎたいのだが、本人にはその気がなさそうだし、しばらくは結婚しそうにもないので婿にも期待できないし、どうしたらよいでしょうかというご相談でした。

そもそも親子の意思疎通ができていないのは論外ですので、長女の意思を確認してもらいました。勇を振るって(というのは、「継がない」と言われるのが怖いので)お父さんが尋ねてみたところ、なんと「私が継ぐ」という答えが返ってきました。修士課程に進学したのは、継ぐ前に好きなことをやり尽くしたかったから、とのこと。

バトンをつなぐという点に関しては結果オーライでよかったのですが、「継ぐ人」としての準備は明らかに足りません。先送りにしたツケですね。社内には番頭さん的な存在もおらず、これといった人材が育っているわけでもなかったので、外部から経営者を招聘し、親子の間に挟むこととなりました。正直申し上げて、ちょっと前途多難かと思います。第三節で取り上げますが、私は極力「中継ぎ」の起用を排除すべきだと考えていますので。

長子が女性で、その下に弟が続くケース。

今までの日本だと、長男である弟を「継ぐ人」と定めるのが一般的であったかと思います。長子である姉が自分では継がないと決めている場合はそれでもよいのですが、その意思を確かめることなく承継から排除した場合、姉にルサンチマンが残り、ファミリーの不和につながります。世の中を騒がせた大塚家具の親子対立の大元の原因は、ここにあると私は考えています。(次回の事例研究で詳しく取り上げます。)

このケースでも、長女を「継ぐ人」と定め、育成を開始すべきです。長男である弟にも経営に参加させる場合には、明確に序列をつけなければなりません。曖昧にすると後に禍根を残します。(詳しくは第二章「継ぐ人の育て方」で解説します。)

長子が継ぐことを放棄したら

ある程度の年齢に達した段階で長子が継ぎたくないと意思表示することは、もちろん可能性としてありうることです。そんな場合どうするか。

順番に従って次子が承継すべきだという考えもあり得ますが、私は次子以降の候補者は互いに対等に位置付け、本人の意思を確認した上で「譲る人」が決定することをお勧めしています。ここに至って大事なのは覚悟であり、それはどれほどの想いを抱いているかによって決まるからです。

承継を放棄した長子には、当然のことながらファミリービジネスから離れてもらわなければなりません。それまでに長子に集中させていた株式は、新たな「継ぐ人」に移転します。私としてはお勧めしない選択肢ですが、長子が「継ぐ人」の補佐役としてファミリービジネスに残る場合には、酷かもしれませんが、厳格に「継ぐ人」が優位であることを定める必要があります。それが将来の禍根を断つということです。

兄弟姉妹には明確な序列をつける

私は承継する会社の株式に関しては、「継ぐ人」に集中すべきであると考えています。その上で、兄弟姉妹が経営に参加する場合には、「継ぐ人」の優位性を明確に定めなければなりません。

詳しくは第二章(「継ぐ人」の育て方)で解説しますが、兄弟を互いに競わせて後継者を選ぶというのは、考えうる限り最悪の方法です。

兄弟姉妹が助け合って立派に経営されておられるファミリービジネスはもちろんたくさんあります。私が存じ上げる限り、うまくいっているところでは序列がビシッと決まっています。「序列」という言葉が嫌なのであれば、「役割分担」と言い換えても結構です。要は、「継ぐ人」が一番で、あとの兄弟姉妹は補佐的な役回りに徹するということで、全員が納得し、握れているということです。ここがきっちり定まっていないと、とくにその次の世代になっての派閥闘争の温床になりかねないのです。

当初は、この後に事例研究として大塚家具からの学びをご紹介する予定でした。 ただ、ちょっと長くなりすぎるかと思いますので、次回にまとめて投稿しようと思います。ご了解ください。

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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