たしかに海を感じた演奏会:東京交響楽団第169回名曲全集

ヴォーン=ウィリアムズの曲だけを3つ並べるという、意欲的を通り越して冒険に近いプログラム。それでもかなりのお客が入っていて、日本のクラシック音楽愛好家の成熟を感じます。原田慶太楼さんの正指揮者就任記念演奏会シリーズの一環とのこと。攻めるプログラミングには好感が持てます。

曲目は前半がグリーンスリーヴスによる幻想曲と、イギリス民謡組曲。後半が大曲、「海の交響曲」。

ヴォーン=ウィリアムズ:グリーンスリーヴスによる幻想曲

この日の3曲の中では、もっとも演奏頻度が高い曲。フルートがあの有名な主旋律を吹くのですけれど、フルート奏者が後列のハープの隣で吹くという演出がなされてました。しっとりとした演奏で良かったです。

ヴォーン=ウィリアムズ:イギリス民謡組曲

最初の曲からアタッカで開始。フルート奏者は抜き足差し足で本来の席へ復帰。吹奏楽曲からの編曲ということで、いかにもそれらしい明るく楽しい曲でした。

ヴォーン=ウィリアムズ:海の交響曲

なんといっても、この曲がこの日のメイン。交響曲といっても実質はオラトリオなので、未だに緊急事態宣言が出ている中で、大規模合唱を伴うこの曲を取り上げたのは勇気のある決断であったかと思います。

ソリストはソプラノの小林沙羅さん、バリトンの大西宇宙さん。合唱は東響コーラス。合唱は常時マスクをつけての歌唱。

この曲、実演を聴くのは今回が初めて。滅多に演奏されませんからね。と言いつつ、東響は2008年に取り上げているそうです。日本初演の記録を求めて検索したのですが、見つかりませんでした。ただ、朝比奈先生が大フィルで演奏していたという話が出てきて、びっくり。

事前にサー・エイドリアン・ボールトの音源で予習していたのですが、原田さんの解釈だと色彩のパレットが倍になったような印象。そして海がうねるような感じ。ボールトのいかにもジョンブル的な演奏も良いのですが、原田さんの南国の海のような色彩感も捨てがたい。

この曲の第一楽章は「すべての海、すべての船に捧ぐ歌」というタイトルで、私(日本郵船出身者)にとってはグッと来る内容です。プログラムに歌詞の翻訳が付いているのですが、非常に優れたもの。辻裕久さんという方ですが、調べてみたらイギリスに留学された声楽家でいらっしゃるのですね。なるほど。ただ、一か所だけ、Of ships saliling the seas, each with its special flag or ship-signal. special flag を「特使の旗」と訳されていますが、これは文脈から判断して船籍国の旗のことだと思います。なぜ national flag とならないかというと、イギリスの商船隊は blue ensign と呼ばれるspecial flag を掲揚することになっていて、これは国旗ではないからですね。

素晴らしい演奏でした。こういった曲は、実演を聴かないと真価がわからないですね。

一つだけ主催者に苦言を呈したいのですが、この曲の場合、翻訳の字幕を出すべきだと思います。少なくとも私はテキストを追うのに非常に苦労しました。

オーケストラとコーラスについて

いつもながら水谷コンマスの伝達能力は、素人が客席から見ていてもわかるくらいに凄い。まさにオケをリードされていました。イギリスのオケだと、コンサートマスターではなくて、リーダーですものね。

木管はフルートは東京シティフィルの竹山さん、オーボエ荒さん、クラはヌヴーさん、ファゴット福井さん。良かったです。アングレの最上さんも素晴らしい。

そして、東響コーラス! 非常にレベルの高いアマチュア合唱団で、今までも素晴らしい演奏を聴かせてくださっているのですが、今回はその実力と意欲に驚嘆しました。プログラムで4ページにわたるテキストを暗譜ですよ! 凄い。脱帽です。

ホールの音響について

私は2FRBにいたのですが、ここからだとソリスト、とくに大西さんの歌詞が聞き取れません。というか、発音が悪いように聞こえてしまうのです。一方、私から見てほぼ正面上方に位置するコーラスのソプラノの歌詞は、明瞭に聞き取ることができました。ところが、池田卓矢さんの批評によれば、おそらくセンターにおられた彼の席からは、大西さんの歌詞が鮮明に聞こえた一方で、合唱がくぐもって聞こえたとのこと。

私はミューザ川崎での経験が浅いので断言はできませんが、これはホールの音響特性によるものではないかと思います。次回、声楽が入る曲の時には、センター席を狙うようにしようと心に誓いました。

余談ですが

個人的には、この曲をみなとみらいで聴きたいと思いました。 あのホールの開演の音は、氷川丸で出航の際に鳴らしていた銅鑼の音なんです。「海の交響曲」にマッチすると思いませんか? (神奈フィル、なんで演奏しないんだろうか)

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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