ファミリービジネスの事業承継の場合、「譲る人」と「継ぐ人」の年齢差はだいたい30歳前後でしょうか。ということは、「譲る人」が体力、気力に限界を感じるようになる60台中頃には、「継ぐ人」は30台半ばということになります。
「譲る人」から見ると、ちょっと若すぎるかなと不安を感じても、まあ不思議ではありません。親の目から見れば、子供は幾つになっても子供ですし。
そこで間に他人を中継ぎ経営者として挟んで承継するという発想が生まれます。前回は社内から登用するケースについてご説明しました。今回は社外から、いわゆる「プロ経営者」を招く場合について、考えてみましょう。
世の中は「プロ経営者」を招くことについて好意的でであるように思われます。その根拠は、だいたい以下のようなものでしょうか。
- 親子間の感情的な葛藤に左右されずに後継者育成ができる
- 後継者はプロ経営者が蓄積してきた知見から学ぶことができる
一見すると、「そうだねぇ」と思われるかもしれませんね。ただ、それは「うまく行けば」の話です。実際には「うまく行く」確率はかなり低いと私は考えています。ですので、おすすめしないのです。
なぜ、成功確率が低いのでしょうか。理由は4つあります。
1)そもそも、「プロ経営者」を招くのは難しい
2)社内の分断を招く可能性が大
3)「中継ぎ」には独特の難しさがある
4)うまく行きすぎると疎んじられる危険もある
順番にご説明しますね。
1)そもそも「プロ経営者」を招くのは難しい
まず、数が少ない
「プロ経営者」の成功事例(例えば、ミスミの三枝氏とか、カルビ→ライザップの松本氏とか)がビジネス誌等で大きく取り上げられるのは、それだけ珍しいからです。
日本のビジネス界での流動性はだいぶ高くなって来てはいるものの、「プロ経営者」と呼ばれるに相応しい実績(複数社での経営経験)を備えた人材はごくわずかです。
外資系企業の日本法人のトップを複数社経験している人材は増えてきてはいます。しかし、失礼を承知の上で申し上げると、彼らは「日本支店長」にすぎません。経営方針、戦略は本社が定め、「日本支店長」はその現地へのアジャストと執行を司っているだけという事例が多いことは否めません。業界が非常に近い場合にはなんとかなるかもしれませんが、距離感がある場合には難しいでしょう。(もちろん、有能な方はおられるので、あくまでも一般論ですが。)
招くのも難しい
幸運にも優れた候補者が見つかったとしても、その人に来てもらうのはなかなか難儀な話になります。「プロ経営者」から見れば、その会社のトップを経験することが自分の更なる成長に寄与するかどうか、は重大なポイントです。「有望な企業を思い切り成長軌道に乗せてほしい」といったオファーに対して、「中継ぎとして事業承継を手伝ってほしい」というのは、魅力度の点で弱いですよね。
となると、報酬を積んで来てもらうことになりますが、思い切って法外な報酬を出せるかどうかは難しいところです。ファミリービジネスの場合、存続を重視するために経営者の報酬を抑えて内部留保に回す傾向があり、そんな中で「プロ経営者」に大枚の報酬をはずむことに対するメンタルバリアーは相当に高いからです。
2)社内の分断を招く可能性が大
有能な「プロ経営者」を迎えることができたとしましょう。彼はしばらく時間をかけて社内を観察/分析した後、改革に着手するはずです。改革によって業績を向上させることが、彼の「プロ経営者」としてのステイタスの向上に直結するからです。(もっと下世話な表現をすれば、「次につながる」ということですね。)
そうすると、当然ながら社内からは反発が起きます。反発するのは、従来からのやり方を変えたくない保守派です。ファミリービジネスの場合だと、保守派=主流派であることが多いですね。その一方で「プロ経営者」に期待をかけるのは、以前から冷や飯を食っていた改革派=非主流派です。「プロ経営者」を招いた「譲る人」が舵取りに失敗すると、反発が社内分断にエスカレートしてしまいます。こうなると社内に支持基盤を持たない「プロ経営者」が事態を収拾するのは極めて難しくなります。
この事態を回避するためには「譲る人」が「プロ経営者」を全面的にバックアップすることが必要です。しかし、そうすると「プロ経営者」が、彼の今後の評価を高めるような思い切った改革を実行することが難しくなります。なぜなら、多くの場合、彼が改革しなければならないのは「譲る人」が敷いた路線であり、つくり上げた組織であるからです。
3)「中継ぎ」には独特の難しさがある
あらためて「中継ぎ」の仕事は何かを考えてみましょう。それはおそらく、以下のようになるはずです。
- 「譲る人」の路線を尊重しつつ、その会社の理念に沿った成長戦略を立案し、「継ぐ人」と共有しながら実行する
- 「譲る人」の「負の遺産」(初めてしまったものの、畳めないでいる事業など)を「継ぐ人」まで持ち越さず、整理する。
- 「継ぐ人」に経営者教育を施す
「プロ経営者」が招かれるのは、多くの場合は当該企業の再建、あるいは成長の加速化を期待される局面でしょう。それと「中継ぎ」の場合を比べると、かなり難しさが異なることをご理解いただけるかと思います。つまり、「プロ経営者」として成功実績があるからといって、「中継ぎ」として成功する保証はない、ということです。
4)うまく行きすぎると疎んじられる危険もある
「プロ経営者」がうまく軌道に乗ったとして、待ち構えているのがこの罠です。
「プロ経営者」が成果を上げると、当然のことながら社内での評価が高まります。とてもうまく行った場合、「プロ経営者」に対する社内の評価、そしてその結果としての人望が高くなるあまり、「譲る人」を凌いでしまうことがあるのです。こうなってくると問われるのが、「譲る人」の度量、あるいは「器の大きさ」というものです。場合によっては、社内での自分の存在意義が低下したように受け止めてしまい、自分が招聘した「プロ経営者」に対するスタンスが冷ややかなものになってしまうことがあるのです。
また、「継ぐ人」が「プロ経営者」に心服してしまう場合に、このことに「譲る人」が反発する場合もあります。親として軽んじられた、と思ってしまうのでしょうね。
いくらなんでもそんなことは起きないのでは? とリアクションされる方が多いかと思いますが、実際には発生します。(「頻繁に」とまでは申しませんが。)ひどい場合には、せっかく招いた「プロ経営者」を放逐してしまうことだってあるのです。
私が間接的に知っている事例をご紹介しましょう。
舞台は関西中心にチェーン展開する量販店。二代目当主にバトンタッチしてから業績の下降が止まらず、近い将来に深刻な危機が懸念される状況となりました。三代目は大学卒業後、すぐに入社したものの、まだ20台。さて、どうするか。
二代目当主はサーチファームに依頼して、中継ぎ経営者を探すことを決断しました。相当難しいチャレンジだったのですが、ヘッドハンターが非常に有能で、優れた「プロ経営者」を発掘することに成功。二代目当主は、彼を拝み倒して社長に就任してもらったのです。
その「プロ経営者」は期待に応えて辣腕をふるい、二代目当主が最悪の場合には廃業を覚悟していた会社を、V字回復させました。業績回復にともなってブランドイメージも一新され、いよいよ全国展開かというその時、「プロ経営者」は「クビ」になってしまいました。名目だけの会長になっていた二代目経営者が社長に帰り咲き、会社の業績は横這いに… そして、「プロ経営者」に約束していた株式報酬もなんだかんだ理由をつけて出し渋るという有様でした。
さすがにここまで酷い事例は稀ですが、業績を立て直した「中継ぎ」が創業家から危険視され、追われてしまうというのは、そんなに珍しい話ではないのですよね。
それでも「プロ経営者」を「中継ぎ」に起用する意義
ここまでご説明してきたように、私は「プロ経営者」を「中継ぎ」に起用することには賛成しません。しかし、そんな私でも、唯一、その起用に賛成するケースがあります。それは、「中継ぎ」に汚れ仕事をしてもらう場合です。
汚れ仕事といっても、もちろん非合法的な仕事というわけではありません。ひとことで言えば、「痛みを伴う大改革」、典型的にはリストラのことです。
ファミリービジネス企業が伝統を重んじるのは確かです。しかし、先代とまったく同じ商売をしていたら、つぶれてしまいます。みなさん、代を重ねるにつれて「土俵をずらして」いくわけですが、時として土俵をずらすどころか、飛び地に進出せざるを得ないような場合があります。このような場合には従来からの事業領域を縮小することが避け難いのですが、それには人員整理を伴うのが常です。
この大改革が事業承継のタイミングと重なる場合に、外部から「プロ経営者」を導入し、改革(と人員整理)を断行してもらうという方法があります。改革が完了するか、あるいは山場を越えた時点で、「継ぐ人」へとバトンタッチしてもらうのです。
「譲る人」にとって、メリットは2つあります。
ひとつは、痛みを伴う大改革に対する恨みから創業家を守ることができるということ。特に、いわゆるリストラが絡む場合、このメリットは大きくなります。「プロ経営者」に納得づくの上で、いわば悪者になってもらいます。
もうひとつは、改革を徹底できること。たとえ創業家が腹を括ったとしても、しがらみを振り切るのは至難の技です。外部からの「プロ経営者」の場合、しがらみ、とりわけ長く積もった「情」とは無縁ですから、「理」を貫いて改革を断行することができます。
これは全くの私見ですが、サントリーが新浪氏を招聘したのにも、このあたりの事情があるのではと考えています。日本での飲酒人口の減少と、それに輪をかけての高齢化。サントリーはアルコール飲料からサプリ等のヘルスケア領域へのシフトを進めているように見えます。アルコール飲料から軸足を移すという改革を、創業家が行うのではなく新浪氏に任せ、その結果が出た時点で創業家への「大政奉還」となるのではないでしょうか。
さて、2回に分けて「中継ぎ」経営者を挟んでの事業承継について考えてきました。次回からは、いよいよ後継者の育て方についてご説明いたします。まずは「継ぐ人」をどのように自覚に導くか、から始めます。お楽しみに。