第四章 並走期間のマネジメント〜「譲る人」と「継ぐ人」の関係性 第一節 並走期間とは

今回から事業承継の山場に入ります。ファミリービジネスの事業承継は「継ぐ人」が誕生したその時から始まるわけですが、ずっと歳月を重ねてきて、最後の最後に山場が来ます。まるで箱根駅伝の往路の山登り区間のようですね。

第四章では、この山場をうまく乗り切るためにはどうしたらよいのか、つぎのような構成でじっくりとご説明いたします。

第一節 並走期間とは

第二節 なぜ難しいのか

第三節 どれくらいの年数をかけるべきか

第四節 細かいけれど、とても大切なこと

今回はイントロダクションを兼ねて、私が考えるところの「並走期間」の内容についてご案内いたします。

第一節 並走期間とは

「継ぐ人」が社長に就任し、会長に就任した「譲る人」とともに経営する期間のことを、私は並走期間と呼んでいます。この期間を設ける目的は、事業承継のリスクを軽減することです。社長として経営の重責を担う「継ぐ人」を、一定期間「譲る人」が支え、段階的に権限を移譲することにより、いきなり失敗することを防ぎます。

また、この期間は、「譲る人」にとっては、経営を手放すための準備期間でもあります。そして、万が一、「継ぐ人」に深刻な問題があることが明らかになった場合には、「譲る人」は経営に復帰しなければなりません。その見きわめをする期間でもあります。

社長ー副社長ではダメなのか

この期間に於ける二人の肩書きは、洋風テイストを加えて「継ぐ人」が「社長COO」、「譲る人」が「会長CEO」でも構いませんが、「継ぐ人」が「副社長」、「譲る人」が「社長」というのはおすすめしません。なぜでしょうか。

旭化成中興の祖といわれた宮崎輝は、かつて「社長と副社長との間の距離は、副社長と平社員の間の距離よりも大きい」と述べました。これは極論ですが、「副社長」という立場の、ある意味での気軽さをよくあらわしているといえるでしょう。副社長は、いざとなったら経営の責任を社長に預けてしまうことのできるポジションなのです。

社内的にも、副社長というのは社長の権威にぶら下がる存在としてとらえられるものです。並走期間に於いて、「継ぐ人」には社長の重荷をガツンと背負ってもらう必要があると私は考えています。小さなことに見えるかもしれませんが、「社長」というタイトルは大切です。(代表権については第三節でご説明します。)

「一気にバトンタッチ」は美談にあらず

世の中には「社長の座を譲った以上、一切経営に口は出さない」という方々がおられて、それがまた美談として報じられることが多いのですが、私は並走期間が必要だと考えています。

本当に並走期間をおかずにバトンタッチするのであれば、「譲る人」として無責任であると言わざるを得ません。それは、座学だけしか履修していないパイロットにいきなり操縦桿を委ねるようなものです。「一切口を出さない」のはたしかに潔いのですが、それが必要なのは並走期間が終わった後のことです。

社長を退いたのち、一切経営に口を出さなかった方は確かに存在しますが、その場合、実質的な意味で並走期間を終えられている場合がほとんどです。本当に「一気にバトンタッチ」になるのは、「譲る人」が急逝する場合だけです。

段階的に権限を移譲する

わざわざ並走期間を設けるのは、先ほども申し上げたとおり、段階的に権限を移譲して「継ぐ人」の失敗を回避することが目的です。

社長に就任した「継ぐ人」の負担を軽くし、かつ学びを加速化させるために「譲る人」が会長としてサポートします。具体的には第三節でご説明しますが、マイルストーンを置いて「譲る人」のサポートを外していき、並走期間が完了した時点で「継ぐ人」は「単独飛行」に入ります。このマイルストーンの置き方と、「譲る人」と「継ぐ人」が進捗を確認しながら進めていくことが、ポイントになります。

「譲る人」にとってはフェードアウトの期間でもある

「譲る人」はこの期間を使って、経営から身を引く準備をしなければなりません。実は、「譲る人」にとっては、このことが「継ぐ人」をサポートすることよりもはるかに難しいのです。ファミリービジネスの場合、経営者の在籍期間は30年近くになります。30年間、毎日全力で取り組んできたことから離れるというのは、他人には想像を絶する難しさです。とくに創業経営者(実質的な創業経営者である「中興の祖」も含めて)にとっては。4月7日付の日経「私の履歴書」に、YKKの吉田忠裕がこんなエピソードを紹介されておられます。

ヤシカの創業者である牛山善政氏に会う機会があり、こんな話を聞いた。「苦労して創業した会社は誰にも渡したくない。息子であってもだ。譲るくらいなら消してしまいたいと考えるほどだよ。」(日経新聞「私の履歴書」2023年4月7日)

この話は極端であるにしても、「譲る人」にとってフェードアウトの準備は、非常に高いハードルです。

ダメな場合には「譲る人」が戻る

並走期間を通じて「継ぐ人」がその重責に耐えないと判断される場合、あるいは「継ぐ人」に突発自体が発生した場合には、「譲る人」が経営に復帰しなければなりません。この最悪の事態をも想定して、私は「譲る人」が経営に復帰できることから逆算し、バトンタッチのタイミングを早めに設定することをおすすめしています。とある事業承継に成功したファミリービジネスの「継ぐ人」は、次の言葉をスローガンに、「譲る人」と意識合わせをされていたそうです。

目の黒いうちに、事業承継。

そのとおりです。

さて次回(第二節)は、「並走期間」の難しさについてご説明いたします。「譲る人」、「継ぐ人」にとって何が難しいのかを事前に理解しておくことは、とても大切であると思うからです。ご期待ください。

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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